toggle
2017-07-21

インプットって、ここまで大変だったっけ、と下北沢のヴィレバン行って思った話

神農です。

昨晩は、下北沢のヴィレッジバンガードに2時間超滞在していました。もうあらゆるものが魑魅魍魎と絡み合っていて、何時間居ても飽きません。

本棚も所狭しとあらゆるジャンルが混在しており、まさに混沌としていました。だからこそ発見がたくさんあり、自分がネットサーフィンしているだけでは発見しないようなものがそこら中に散らばっていました。

で、ですね。何が言いたいかというと、インプットするのってこんなに労力がかかるものだったか・・・と痛いほど感じたんです。

情報量がめちゃくちゃに多くて、どれを立ち読みしようか選ぶことさえも大変でした。そもそも自分の興味関心のそとにあるものがたくさんある空間って、身体にかかる負荷がすごい。下北のヴィレバンは、他人が興味を持ってることに押し潰されそうな感覚さえ覚えます。

それに「今日は10冊は買って帰ろう!」と気合い入れて訪れたのですが、そもそも6冊くらい小脇に抱えて本棚を見回ると、とても疲れる。

「ほぼ糸井重里」特集のSWITCHもその中にはありましたから、サイズ的にもデカい。思わずちょくちょくそこらへんの平積みの本の上に置いて、店内を回りました。そうそう、本って、重かったんですね、そういえば(笑)

Amazonに「こんなのが興味あるんでしょ?」とレコメンドされ慣れ、iphoneの小さい画面でサクサク本を読み、Web記事をつまみ食い読むことに慣れていたここ数年。その数年の軽さを滅多打ちにするような体験でした。

そして痛感したのでした。そうそう、あたらしい知識を入れること、学びを手に入れることはこういうもんだった、と。お手軽に指一本で完了するものじゃなかったよね、と。

 

*  *  *

 

なんだか、自分はインプットをおろそかにしていたんじゃないかと思います。

別の話になりますが、いま、とある仕事で他の人のプレゼンテーションを完コピしようと試みています。必要に駆られてやっているものではあるんですが、これがすごく興味深い。

他人の話していることを完コピすると、その人の思考回路、論理の飛躍、情動までもが、おもしろいほどよくわかるのです。知識レベルではなくて、血肉になる感じ。自分の身体に染み渡り、その人の回路が自分の中にも芽生える感覚。

他人のプレゼンを完コピすることは、一度自分を破壊することにほかなりません。だってその情動や、思考回路は他人のものですから。自分の中にもともとあるものじゃありません。体験しようとすると、一度自分を捨て、他人になりきる必要がある。

ここまで濃度が高いインプットは最近やっていなかったなあ・・・。そう反省しました。ここまでやってはじめてインプットと言えるんじゃないでしょうか。

だってね、iphoneでKindle本をパラパラ読んだり、サクッとWebで記事読むなんて、一瞬でできます。100冊の本を読むことも、実際そう労力のかかるものではありません。

100冊の電子書籍をiphoneでつまみ食いするよりも、10冊の本を読んで、自分の肉体で著者の、他人の情動、思考回路を体感すること。このほうがほんとうによほど大変です。

最後に

インプット、こんなにたいへんだったっけ・・・と思いつつ、ここまでやんないとインプットとは言わんよなあと思わず反省しました。

自分の興味関心外のことを取り入れて、他人の情動、思考回路を血肉にする。ここまで大変なことはあろうかと思いますが、これくらいやんないとただ左から右に受け流しているだけです。

とても良い教訓になった、という話でした。下北のヴィレバン、通い詰めることになりそうです。

今日の一枚。この6冊を買いました。選ぶの超大変でしたが、選んだ本を客観的に見返すとちょっとおもしろい。

 

関連記事