toggle
2017-07-15

デジタルの時代だからこそフィルムカメラの一回性は、せつない。(と想像で語ってみる)

 

神農です。

数年前、写真家の(心の)師匠に言われたことがありました。

「神農くん、写真ってね、せつないんだよ。」

当時は、「ああ、なるほど、写真ってその時々を切り取るものだから、一回性があるよな。たしかにせつなさそうだ。」とiphoneで写真を撮っていたぼくは、思いました。

しかし、デジタルのカメラを買い、最近もX100Fというカメラを買ってバリバリ撮っているのに、なんだかそのせつなさがイマイチ感じられないんですよね。

たぶん、ぼくはデジタル世代なので、デジタルゆえのメリットを活かして多作することに慣れています。ブログも、Twitterも、そうですよね。

でも、だからこそ、せつなさを感じられていないんじゃないかなと。一方で、デジタルカメラじゃなく、フィルムカメラであれば、もしかしたらこのせつなさを感じられるんじゃないかと思いました。

まだ一度もフィルムカメラを触ったことがないんですが、想像で、フィルムカメラのせつなさを語ってみようと思います。(こういうのが一番たのしい)

一度きりの機会を大切にするという、せつなさ

フィルムカメラを使っている自分を想像してみましょう。

まず、フィルムカメラはお金がかかります(そこからかい)。フィルムは30〜40枚撮影するのに数百円〜1000円程度はかかります。下手すると、電池式のカメラなので、電池も買わなきゃいけない。

そうそう、もちろん現像代も必要ですよね。毎週フィルム2本使うと考えると、相応の金額にはなります。

しかも、たぶん現像には納期があって、時間がかかる。数日、ないし1週間はかかることでしょう。昔それこそ写るんですを使って実家で写真を撮ったとき、土日に撮って、土日にデータを取りに近所の写真屋まで行っていた気がする。

カネもかかる、時間もかかる。えっ?そんなもんカネも時間もかからない、デジタルカメラのほうがいいにきまってんじゃん、ですって?

あらゆるものごとは、コインの裏表のようなものです。10円と書いてある表もあれば、平等院鳳凰堂が書いてある裏側も存在します。

カネもかかり、その写真見るまで時間がかかるのなら、一回一回の撮影に心血を注ぐことになる(のだと想像しています)のです。

今この瞬間を残したい、でも、フィルムには限りがある。また1000円出すの結構シンドイ。だったら、この瞬間は諦めて、次に訪れるであろう瞬間を待とう。

「いま、ここ」の瞬間にこれほどまでに葛藤し、脊髄で判断し、動くのです。これをせつなさといわずして、なんと呼びましょうか。(フィルムカメラ、使ったことないんですけどね。)

ただ、本当に僕は「いま、ここ」をおざなりにしていると、心の底からそう思います。

だったら、そのせつなさを一身に感じ、一枚一枚に全精力を注ぐためにも、フィルムカメラ、やってみたいなあなんて考えているところです。

最後に

デジタルって、超便利ですし、おかげさまでこうして僕もブログを書けているのですが、やっぱりせつなさを感じられるメディアじゃないですね。

そういう意味では,写真って、よくできてる。写真が人を魅了するのは、このせつなさにあると今なら思います。

今日の一枚。

関連記事