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2017-07-04

通知をチェックするだけの機械になるのではなく、能動的な注意力を発揮できるようになること

先日、連れと自宅のテレビで「世界の果てまでイッテQ!」を見ていました。

ゴールデンの時間に流れているバラエティ番組をテレビで観るのって、ほんとに5,6年ぶりでした。その割には、「イッテQ!」好きからしても、おもしろくない回だったらしいのですが。

で、1時間見終えた後、なんか頭がぼーっとしたんです。1時間なんてすぐ過ぎて、あっ、この1時間なにやってたんだろうって。たぶん、僕はこの1時間、なにも感じず、なにも考えていませんでした。

ああ、テレビのバラエティってここまで1時間を1時間と感じさせない、なにも考えさせない非常に良くできたコンテンツなんだ、と驚きました。と、同時に、日常で他にもこういうときあるなあと。

例えば、スマホいじってるときとか。スキマ時間にスマホひらいて、なんの目的もなしにアプリ開いたり、Twitter開いたり、Slack開いたりしているとき、似たような感覚を得ていることを思い出しました。

昨日もそうだったかな。1日家でNetflix観て、大したことをせずにダラダラしていましたが、昨日も常に頭ボーッとしていた感覚があります。

ここでようやく本論ですが、もっと能動的な注意力を発揮できるような生活に切り替えなきゃな、と思った次第です。

なんとなくインプットすることを辞めて、能動的に注意力を働かせたい

日本に来て、はや2ヶ月目になりますが、やっぱり日本は注意力を削がれる状況がたくさんあります。というか、自分の頭で考えなくてもいいような状況が作り出されている気がします。

結局、先述した「頭ぼーっとしてくる」というのは、人がつくりだしたものに注意力を割いてしまうばかりに、自分のアタマで考える必要がないからなんですよね。

この前も久々にFacebookを開いたら、通知が数十件溜まっていました。なんだなんだとチェックしたところ、非常にどうでもいいものばかりだったんです。自分の友達の友達がどうだとか、自分が一度いいね!したページがどうだとか、誰かの誕生日だとか・・・。

ああいうの恒常的に使っていると、自分の注意力を能動的に発揮しなくなりそうだな、とちょっと怖くなりました。ひたすらどうでもいい通知が来て、チェックして、また通知がきて・・・なんだか、通知をチェックする機械のよう。

だから、とりあえずスマホの画面をここくらいまで絞ることにしました。

スマホアプリは、いかにユーザーの時間を奪うか、について考え抜かれています。だから、気がつけばどんどん時間が奪われてしまう。

【有料記事】スマホを捨てよ選択肢を減らそう(小野美由紀)

上記はライター・小野美由紀さんの寄稿記事です。(有料記事ですがおもしろいので買う価値あり)

スマホ辞めて4ヶ月の小野さんが感じたことが書かれています。「粘り強い集中力がついた」とか、「なにもしない時間ができたおかげで、日々を観察し、アイデアを創る時間ができた」とか。

彼女の記事から察するに、要は能動的に注意力を発揮できるようになったんだろうな、と。

余談:

この記事でも、「目的意識を持たずに情報収集すると、ダラダラしてしまう」という話が書いてありました。結局は、そのインプットでなにがやりたいのか、が大事。日々大量の情報に触れている編集者ですら、そうなんですね。

最後に

とはいえ僕は、スマホは辞めません。LINEの連絡先は近しい人数人の連絡先ですし、LINE payも使いたい。Newspicksはニュース見るのに便利なので、まだ使いたい。乗り換え案内がないと100%絶望的な迷子になるので、これは必須。

ですが、それ以外のアプリをその他フォルダに入れたり、消してみました。

このブログやっているだけ、まだ注意力を発揮しやすくなっているなと思いますが、引き続き試行錯誤していきます。

 

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