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2017-07-02

個人ブログなんて、日々の振り返り→教訓や気付きの抽出のためにやれれば十分じゃないかな

神農です。

昨日、こんな記事を読みました。

サロンに入り、毎日ひたすら書き続けたブロガーが引退した話

ちょっと過激な物言いを僕はしてしまっていますが、個人ブログなんて売り上げのためにやんなくてもいんじゃないでしょうか。

僕は、個人ブログは日々の振り返りから、教訓や気付きを抽出して、次に活かすためにやればいいと考えています。少なくとも、昔から自分はそのつもりでこのブログを使っています。

ブログを書けば、必ず振り返りになる

昨日、このブログでもこんな記事を書きました。

振り返りなき改善は、ない。フィードバックされる側とする側の話。

他人からのフィードバックがないとなかなか振り返れないよ、という話ですが、自分ひとりで内省できる良い方法があります。それは、個人ブログを書くことです。

ブログ記事を一本書こうと思うと、かならず、自分がいままで感じた感情や経験から、なにかの気付きや、教訓を抽出する必要があります。

教訓や気付きを自分の経験から抽出しようとすること、それは「振り返り」に他なりません。

たとえば、僕は最近また毎日ブログを書くことをはじめましたが、毎日、毎朝書こうと思うと、なにがなんでも自分の経験をほじくり返し、気付きや教訓を探そうとします。

1年前に手帳に書いたメモを見返したり、昨日あったことを思い出したり、Twitterで思わず反応したことを振り返ったり・・・。

自分はいかに日々なにも考えていない人間なのか、を痛感させられますが、それでも毎日ひとつなにか発見があるんですよね。

しかも一度ブログに書いた気付きや教訓って、ぽんっと頭ではわすれてしまうのですが、身体が覚えているんですよ、不思議と。

なんでしょうね、わすれているんですが、覚えている。だから、無意識にでも次に繋げられるんですよね。無意識にPDCA回せる感覚があります。

「これはだれかにつたえられるか?」というハードルが、振り返りの精度を高める

もうひとつ、個人ブログがいいのは、振り返りの精度を高めていけることです。なぜなら、毎回「で、これは誰かにつたえられるの?」という自問自答をすることになるからです。

たとえば、今日のブログも「ああ、これはあのひとに伝えたいな」と思うから、書いています。伝えたいひとがいなければ、この文章も書いていません。

だれかになにかを伝えようとしたとき、ひとはその内容を精査します。言葉使いも考えますし、構成もわかりやすいものにしたくなるでしょう。

少なくとも、過激な言葉を使うことはなくなりますし、過激に煽ることもなくなります。

僕はブログを書くときに、まずA4のコピー用紙にいろいろと書き出して、考えをある程度深め、最後の最後にパソコンで文章に起こしています。

そのときは、過激な言葉を使っていることは多々あるんです。

しかし、人に見せる、伝えようとしたとき、ふと冷静になれるんですよね。「その言葉使いじゃ、ひとには見せられんだろう。相手嫌がるだろう」と。そこで一度客観的に考えを見返しながら、書いています。

振り返りには客観性が必要だ、と昨日の記事に書きました。ブログという形で起こす際に、必ず客観的に見直すことが求められるんですね。「それで伝わるの?」と。

最後に

個人ブログで儲けようとするのは、そもそも、素晴らしいことだと思います。個人が仕事とは別に活動し、収入源を増やそうとする。いいことです。

しかし、売り上げを上げようとやっきになって、過激に煽ったり、荒い言葉使いを使っているのを垣間見ると、なんか哀しい気持ちになるんですよね。

ああ、要は「伝えたい」じゃなくて、「おい!こっちむけよ!」なんだなあって。

どちらかというと、僕は、「こんないいことがあった、伝えたい」という気持ちを大事にしてブログを書いていきたいです。

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