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2012-06-01

自分の意見を持てない人はとりあえず大量に読書し、旅に出よ

ちきりんがこんなことを言っていた。
[blackbirdpie url=”https://twitter.com/InsideCHIKIRIN/status/208384762367320064″]
これ、全面的に賛成。それにしても、んじゃどうすればすごく考える人になれるんだろうか?

僕の答えは、大量にインプットすることだ。そして一番手軽に大量の情報を収集できるのは読書だ。だからそういう問題意識ある人にはとりあえず大量の読書を薦めたい。一年200冊くらい読んでみるべき。

なぜか?材料を仕入れなければ考えることができないからだ。

考えることができない人は、考える材料がない

僕は一昨年本を200冊読んだ。おかげさまで今は完全に多読派だ。かなり色んなジャンルの本を読んだ。小説は1冊だけだが。学生だったので比較的簡単だったのだが、僕を変えたのはその時期の読書経験だということは明らかだ。その実体験に基づき提案したい。

本題。

考えることができる人は、考える材料を持っている。このこと考えなきゃ!と思ったらすぐ考えることができる。しかし、何も考えてない人は考える材料に乏しい。かつての僕がそうだった。

考えるテーマのことを知らないことも致命的だが、それ以上にそういう人は物事を考えるという経験が不足している。この経験が不足していればなんぼ方法論を学んだところでできるようにならない。

しかしそれは読書により補うことが出来る。読書とはただ単に字面を追うことだけではない、内容を読み咀嚼し思考することなのだ。読み方は既にWebで広く知れ渡っているが、以下のような読み方ができると良い。

  • タイトル、目次を読んで内容をおおまかに推測する
  • その推測が合ってるか間違ってるか確認しながら読む
  • 内容にツッコミ(批判、質問)を入れながら読む

ほんの少しこれだけでも読書の効果は全然違う。ほんと、試してみてください。

 

本を読み内容を咀嚼し自分に落とし込むことは、新聞記事を読んで自分の意見を持つことと同じ過程だ。読書は自分の意見を持つための予行演習であり、素振りなのだ。素振りを怠って4番バッターになれる野球選手など皆無だろう。同じ理屈だ。

 

アウトプットしないと気持ち悪くなるくらいインプットする

そうして素振りを大量に行う。しかし最初は中々咀嚼して自分に落とし込むことは難しい。

そうひて大量に情報を収集してほっとくと徐々に気持ちが悪くなってくる。感覚的には食べ過ぎ胃もたれみたいな。もうお腹一杯です、消化しなきゃ、誰かキャベジン(ry と頭が叫ぶ。これは一種の生理現象なんじゃないかとさえ思う。そうなるまで情報を集め続ければ良い。今までなんも考えなかった人はそんくらいまでして感覚的に追いつめられないとなかなか機会がないからだ。

ジャンルはなんでもいい。とりあえず本屋に足を運ぶことをおすすめしたい。気に入ったものをガシガシカートに突っ込んで購入しよう。人のおすすめでもいい。[ref]本の探し方は別記事にする[/ref]

僕も一昨年読みまくってメモもしまくってEvernoteにぶちこみまくったものの、なんか気持ち悪かった。だからそのときはブクログにこれがどう良いのか悪いのかを書いたりブログ立ち上げて記事にして人に紹介していた。会う人会う人にこれおもしろかったんだよー!と雑談混じりで紹介してみたり。これがいわゆる咀嚼して自分に落とし込むと言う作業の成果だ。

 

人にたくさん話聴いてみよう

かといって本だけ読んでいてもつまらない。本読むのもういいやと思い始めたら、次は色んな人に話を伺っていこう。人が考えていることというのを目の前で聴くというのはそれだけ価値がある。なぜなら人の思考は個別具体的で、みんな違うプロセスの元その結果としての考えを持っているはずだからだ。その際、自分の興味あるテーマをふっかけていくとおもしろい。この段階に来れば自分の中で1つや2つ、興味のあるテーマが見つかっているはずである。

僕の場合一昨年の学生のときから興味のあるテーマがある。それは文化人類学、ライフハック(効率化という意味で)、これからの個人のキャリアの3つだ。興味が拡散してしまっているので他にもいろいろあるが、この3つはずーっと持っている。文化人類学はひとつのおもしろい視点で世界をタテとヨコでダイナミックに切り込む感じがとてもエキサイティングに思う。

僕はこのような話題をお会いした方にふっかけさせていただくことが多い。幸いにも相手の方々には真正面から意見をいただくことも多く、単純に勉強になる。同じ事柄で違う意見や追加の視点を戴くことほどハッとさせられることはない。ちなみに本ブログにはそういっつた気づきを書いて行っている節もある。このようにハッと気付いたこともアウトプットしたくなる。話していると別の話題を提供してもらったりして、自分の知らなかったことに興味抱くことになったり超たのしい。

 

書を捨てよ、町へ出よう

この段階で初めて一度本を読むことをひと休憩おいていい。最後は何をすればいいのか?最後は、実際に経験をしていくのだ。それは体験とも言い換えることが出来る。今まで本読んで人の話聴いて頭ん中だけで轟々とうごめいてた情報を、真っ青な空の下で解放してみよう。

いっちょどこかに旅に出れば良い。田舎でも海外でもどこでも行きたいとこひとりで行けば良い。突拍子もないと思うかもしれないが、自分でたくさん教養を深めてから旅に出ると色々なことを感じることが出来る。頭の中にある、今まで読んだ本のエッセンスが良い感じに刺激されて、化学反応を起こす。そこできっとあなたの可能性は以前と比較にならないほど拡がって行くはずだ。そして不思議と自分の意見も持てるようになっている。

僕は旅人ではない。でも今回個人のキャリアを考える上でインドネシアに実際に2週間滞在してみて、頭の中だけでキャリアを考えたり国際関係を考えたりするよりも多くの体験を得られた。人生で初めて高揚感のある社会を味わったし。やっぱ人間体験してなんぼなんやなあとおもた。自分が思ってた、若者はみんな海外出たほうがいんじゃね?という意見の肉付けになった。滞在を通して、改めて確信に近い物になったのだ。

本を捨てて旅に出よう。旅先で色んなことに手を出して色んな体験をしよう。体験はきっと今まで詰め込んだ知識・教養を血の通った肉にしていく。 

 

繰り返すが、自分の意見を持つというのは情報を咀嚼して自分ならどう考えるかに等しい。大量の読書は情報の処理能力を高めるし、その後旅に出ることは体験を通してメモリを解放し、本当の意味で肉付けをしていく。

僕もこれからも引き続きこういった読書や体験をするといった勉強はやっていきたい。インドネシアでは日本の本はとても高いけど、どうやら図書館的なところでガンガン借りれるらしいので安心。それだけで僕の未来は明るいw

人生一生勉強。みなさんもぜひぜひ。

 

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