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2017-06-24

お金と時間の使い方に自覚的になれるその瞬間、もっとも真剣にインプットしている

神農(@kanchan_r)です。

花束を人にあげたことはありますか?僕はあります(ドヤァ

つい先日、人に生まれてはじめて花束をプレゼントしました。とてもよろこんでもらえたようで、それなりに苦労して手配した甲斐があった・・・と、プレゼントしたこちら側もじんとしたものです。

なぜ他のなにものでもなく、花束だったのか?といいますと、これ、自分がもらったときにとてもうれしかったからなんですね。先々月、フィリピンから東京に移住するときに、フィリピン側の同僚らから大きな花束をもらいました。

まともにもらうのははじめてでした。しかし、これがもう、うれしかった。花束って不思議なもので、僕は、もう多くの人がもらって嬉しいものなんじゃないかと。まず花って、咲いているじゃないですか。咲いているそのさまがキラキラしているし、その上束になっているんですよ。よくできている、うれしいに決まっています。

しかも、この花束、たしかに、それなりに苦労をかけて選んだものでした。色々探し回った時間を総じていえば、数日でしょうか。他のものとも迷う時間も入れていますが、それだけの時間をかけ、そしてそれなりの費用もかけました。(こんなこと言っていいのか)

そもそも、花束買うならこれくらいという予算は決めておりまして、その金額にちゃんと見合ったものを選ぼうとしていました。なにぶん自分の中に「良い花束」の判断基準がないものですから、いろいろなお店、花にあたって「どんな花束なら、どんなお店から買うなら、買う側の自分は満足するか?もらった相手は満足するのか?」を五感で感じ、考え抜いたわけです。

* * *

さて、ここからが本題です。

後日考えたこととしては、やっぱり良いものを買おうと思うと、めちゃくちゃ考えるし、感じようとするなということでした。良いものはなにか?使う自分、誰かはどう思うのか?良いって、なんだ?

良いって、なんだ?という自問自答は、どうでもいいものを買っているときは、本当に意識しないものです。例えば、この前近所のドラッグストアでお風呂のぬめりとり洗剤とトイレ用洗剤を購入しました。

パイプユニッシュとトイレマジックリンスプレータイプを買ったのですが、驚くほど吟味していない自分がいたのです。まあ、ほんとうに、どうでもよかったんでしょうね笑

しかしこれが、本当に真剣に選び、ほんとうに真剣にインプットしていたならば、そもそもお風呂のぬめりがとれるのはなぜか?256円のパイプユニッシュと、200円の他製品とは具体的になにがちがうのか?良いものとは一体、なんなのか?と、考え抜いていたはずです。

別にお風呂用洗剤にそこまでの集中力を要する必要は,実際、ないと僕も思います。しかし、それだけどうでもいいものを買うときはインプットがおろそかになり、良いものを選ぶときは、真剣にインプットするのです。

* * *

もっといえば、お金と時間の使い方に自覚的になれるときほど、真剣に見て感じ、真剣に選びとることでしょう。

これは何ではないかといえば、たとえば、「成功者はいい女性といい車といい家に住んでいる」という価値観って、一昔前は全然ありました。

でも、やっぱりそれって非常に違和感があります。それにカネと時間の無駄使いしてんなあと思います。なぜか?それは、「世間的にはこれが良いとされているよね」ということが判断基準になっているからです。それは、自分で感じて選んでいないし、考えていない。

これはなぜそうなるかって、お金と時間の使い方に無自覚だからです。お金たくさんあるし,時間もたくさんあるし、バカバカつかっちゃえー!というテンションなのではないでしょうか。(僕は成功者ではないので、完全に妄想です)

とはいえ、僕のような一般人も、気を抜けば、世間の判断基準に流されに流されてしまうことはあります。そうではなくて、自分のお金と時間の使い方を自覚し、能動的に「良いって何だ?」「なぜこの値段がかかるんだ?」「俺はどう思うんだ?」ということを考え、感じていきたいなと思った次第でした。

それが、豊かさですよね、きっと。

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