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2017-06-22

ビジョンがあればなんにでもなれる。逆もまた、然り。

神農です。

今朝も起きてA4用紙を前に今日なに書こうかと考えていたのですが、そんなときにふっと頭に浮かんだのは、サウスピークのとある生徒さんの話でした。

彼は、英語初級者レベルから数ヶ月の留学(という名の厳しい修行)を通じて、見事に上級者レベルまで向上され、帰国後は外国人がたくさんいて、英語を使うような仕事に就きました。手前味噌ですが、例えば、まだ20代で、英語力を劇的に上げていれば、それなりに上記のように誰でもなれるわけです。本当に、英語できる人にはお得なニッポンだなあと思います。

ああ、ほんとうに彼は一直線で迷いがなかったなあと感慨に耽ったのですが、そうではないケースも多分にあるわけです。あたりまえのことですが、人間は、特に自分の将来を考えるとき、苦悩し、モヤモヤします。どうしたらいいのか、どうすべきなのか、と。

そこで改めて思うのは、ビジョンさえあればなんにでもなれる、ということです。逆に、ビジョンがなければなんにもなれない。厳しいですが、そういうことなのだと思います。

既に半分、なりたい自分になった気でいるくらいが一番良い

メリット・デメリット、やっていいのかわるいのか、やるべきなのかそうではないのか、という議論を越えて「なにがなんでもやるんだよ!」と決めている人は、つよいです。

経験則も踏まえますが、そういう人は往々にして、「もう既に半分くらいは、なりたい自分になった気でいる」気がします。

たとえば、自分は23歳でインドネシア・ジャカルタに渡りましたが、当時、海外経験もそうない、英語力もTOEIC600点レベル、職歴は1年くらい、といういわばノースキル文系状態でした。

海外就職サポート会社の方にも、「求人案件出てくるかどうかわからないよ」「どうなるかわからないよ」とそれなりにニュートラルなことを言われましたが、その時点で僕の心境は「厳しいかどうかは問題ではないので、はやく海外就職できる方法が知りたいです」といったものでした。

こんなん。

我ながらクソ生意気で荒唐無稽に映っただろうと思いますが、当時はもうジャカルタの写真をGoogle写真検索して観ただけでも、思わず脇汗をかいてしまうほどだったのです。文字通り、「既に半分、ジャカルタで働いた気になっていた」のです。そんな自分の姿に、ひとり興奮していたのでした。

※偶然にも、サウスピークでも「英語表現を想像・理解するのに、Google画像検索を使いなさい」というマニュアルがあります。写真って、想像するのに適したものなんでしょうね。

その後すぐにジャカルタへ渡航し就活しましたが、結果は健闘し,満足いく結果を得られました。あのとき「自分は海外でやっていけるのか?」「英語力足りていないのでは?」「本当にこれでいいのか?」とモヤモヤしていたら、渡航にすら辿り着いていなかったでしょう。

まだ一度も渡航していないくせして、「既に半分、ジャカルタで働いた気になっていた」からこそ、迷いなく一直線に走っていけたのだと振り返って思います。

問題の根幹に向き合わない癖がついていると、想像力は乏しくなる

一方、こういうときはその想像力が乏しくなるなーという瞬間があります。それは、問題に悩み、モヤモヤし、逃避しているときです。

例えば,上司がクソだという理由で転職する人は多いかもしれません。仕事は人と人との間に生まれるものですから、仕事を任せられる人が嫌いだった場合、仕事はつらい。

しかし、上司がクソだという理由だけでもし転職してしまったら、転職先でも、うちの上司はクソだと言い続けることになるでしょう。なぜなら、「上司がクソ問題」の根幹に向き合ったことがないからです。

上司がクソ問題も、客観的に見れば、別の場所に原因があるかもしれません。他人は変えられない。であれば、自分が変われるかもしれませんし、一言なにか言うだけで状況は好転する可能性だってあるわけです。

問題から逃げ、根幹と向き合う、いわば自分と向き合う癖がない場合、どうやって自分の将来を前向きに想像することができるのでしょうか?

最後に

普段から日々の問題の根幹はなにか?と客観的に自己を見つめること。それでいて、前向きに自分の今後を想像し、「こうなりたい!」という像を生み出すこと。本当にこれだけでも、人生はよりよくなるなあと思いました。

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