toggle
2017-05-02

【書評】表現をすることは、捨てることだ。「職業としての小説家」(村上春樹著)


去年の年末・年始に東京に帰国した際、新宿の紀伊國屋閉店ギリギリに立ち寄って、買うか買うまいか間際まで迷い、閉店数分前にレジに持っていった1冊。

タイトルからして、「ああ、村上春樹がどうやって創作しているかという話なんだろうな」と予想した。こういう「方法論」的な本は罪だ。なぜなら、凄い人と同じやり方をして安心してしまうから。ただ、本書はそれに留まらず、今の自分の悩みを解決してくれるようなものだった。以下、引用。

「それをしているとき、あなたはたのしい気持ちになれますか?」というのがひとつの基準になるだろうと思います。もしあなたがなにか自分にとって重要だと思える行為に従事していて、もしそこに自然発生的な楽しさや喜びを見出すことができなければ、それをやりながら胸がわくわくしてこなければ、そこにはなにか間違ったもの、不調和なものがあるということになりそうです。(p98)」

僕はここ数年、仕事以外の個人の情報発信・表現につまづいていた。要はこのブログでどうやっていくかに迷っていた。ブログを書くのは楽しい、やればやるほどメリットがある。現に、ロクに更新しなくなった当ブログでも、未だに連絡をいただくことはあり、しかもそれがお互いにとって良い出会いであったりする。bなのに、書けない。ブログを書くこと自体には喜びを見いだせるのだけど、同時に文章を公開する直前に、後ろめたさや苦しみを感じた。

上記の引用箇所は、そんな自分にとって拾うものがあると感じる。要は、「文章書けねえなあ」という感情には原因があった。それはひとことで言えば、自意識。「自分は海外就職ネタしか書いちゃいけない」「海外で働き暮らし、海外で職務経験を積んでいるという立場で発言しなければ」という縛りを、自分に対して行っていたのだ。

当ブログ自体、「海外就職したい人に対して、海外就職している人の立場から色々と学んだことを発信する」というコンセプトから始まっている。セルフブランディングとして、ブログマーケティングとしては間違っていない。海外で暮らすということはそう多くの人が経験しておらず、一方で海外に憧れを抱く人は少なくない。そういう人達に対して、海外で暮らし働くことを発信するのは、「海外で働くこと」というインプットに事欠かなかった自分には、適していた。現に相応に結果も出た。

しかし、自分で言ったことに縛られすぎていた、というのがここ3年だった。「海外就職の人であるわたし」という自意識は、たぶん、「間違ったもの、不調和なもの」にあたる。であれば、この自意識を捨てて自由に文章を書きたい。そう思い今に至る。

「もしあなたが何かを自由に表現したいと望んでいるなら、「自分が何を求めているか?」というよりはむしろ「何かを求めていない自分とはそもそもどんなものか?」ということを、そのような姿を、頭の中でビジュアライズしてみるといいかもしれません。」

これも、「ブロガーあるある」なのではないだろうか。ブログで有名になりたい、高校収益で不労所得を得たい。そういう欲求は自然なものなので、個人的には否定はしない。友人・知人にもサラリーマンの月収の半分〜同額程度をブログの広告収益から稼ぐ人は少なくない。

しかし、もし自分の表現欲求を満たしたいのなら、表現をしたいのなら、多分自己顕示欲、承認欲求、金銭欲など「欲求」が絡むと苦しくなってくる。カネのために、欲求のために表現することになる。それは、書きたくもないことを書き、言いたくもないことを言うことだ。

ずっと書き続けているブロガー的な人も、ツイッタラーも、たのしいから続いている。

「考えてみれば、とくに自己表現なんかしなくたって人は普通に、当たり前に生きていけます。しかし、にもかかわらず、あなたはなにかを表現したいと願う。そういう「にもかかわらず」という自然な文脈の中で、僕らは意外に自分の姿を目にするかもしれません。」

いま、このブログを書いている自分は、かなり「自分の姿」に近いものなんだろうなあ。

自分を捨てて、たのしいことを表現する

たのしいことをしているときに、「わたし」を意識することなんてない。例えば、僕はドローンを飛ばして空撮することにしばらくハマっていて、フィリピンに住んでいても近隣の島々に足を運ぶようになった。(1代目のDJI Phantom3は墜落→水没、2代目のDJI Mavic Proを利用中)

島に行くにも相応に時間がかかるのだが、その道中を振り返れば、「ドローン飛ばしたら、どんな画が撮れるかな?」「この画見た人は、どんなリアクションするかな?」と心底ワクワクしている。ワクワクしている間は、そこに「わたし」はいない。

表現というのは、言葉にせずとも気がつけば「たのしい!」と感じるようなことを発するべきなのかもしれない。本書を読んで勉強になったし、自分の悩みが幾分か解決する爽快さもあり、これもひとつの「たのしい!」なんだろうな。だからブログを書きたくなるんだ、と。


関連記事