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2017-02-12

海外に根を下ろして暮らすというのは、「日本での関係性を休む」こと


 

いつも拝見しているほぼ日の乗組員、Kinoshita Naokoさんのツイートを引用します。

このツイートの趣旨からは外れるんですが、僕もずーっと気になっていて、言葉にできなかったことがありまして。それは、海外で長く暮らすとさみしくもなるし、日本の情報を入ってこないから自分のアイデンティティを疑う機会もあるし、足が浮いた感じもあります。なんだろうな、この感じは、と思っていたんです。もしかしたら、「今、僕は日本での関係性を休んでいるんじゃないか」と気付きました。

海外で暮らしていくというのは、一旦日本との関係性ごと休むことなんですよ、きっと。日本との関係性ごと休んでいるという状態は、まったく離れている状態です。日本には友人も知人もいるし、家族もいる、日本の社会やしがらみとも、一度完全に関係を断ち切っている状態なんだろうなと。

関係性がそこらじゅうにあるときよりも、今みたいなほうがよほど自分の個性が出るというか、楽だというか、肩が軽くなる気がします。

台本にあらかじめボケを書いて、

それを見てやってたら、なんとかウケて、

あ、乗り切った、この調子であと5発‥‥

と思ったら、さんまさんが、

「おまえ、何カンニングしてんねん」って

その台本をパーンと投げて、

「アドリブで行け」と言うんです。

そこで「ゼロ」になりました。

で、さんまさんがその場で言うことに対して

とっさに何か言ったんですけど、

やっぱりうまくいかなくて。

でも、そういうときって

自分の好きな言葉とか好きな食べものとか、

根本にあるワードが出てくるんです。-「好きやから」でやってます

これは芸人の又吉直樹氏が小説「火花」を書いて直木賞を受賞した後に、糸井重里氏と対談した記事です。この一節がものすごく好きで、引用します。

海外で暮らしたり、海外で働くということは、ある意味「ゼロ」になることなんですよね。もちろん、今まで築いてきた能力、経験はゼロにはなりません。しかし、関係性はけっこうダイナミックにゼロになります。しかもそれがずっと続く。海外旅行とか留学だと、一時的にゼロになって、その後また帰るべき場所に帰っていくのですが、海外就職はそれなりに数年間ゼロになる。

だから、不安になることもあるんですよね。ある意味素直になれるがゆえに。そうして関係性がゼロになってから海外で住み始めて、孤独にもがく時期というのは誰にでもあるようです。ただある意味、それが海外就職なんだろうなと。

今週で5人にインタビューをして、5本分のインタビュー記事を公開しましたが、みんな海外にいるというのに地に足が着いていて、一歩一歩踏み心地を確かめながら歩いているような姿が目に浮かぶようでした。それはやっぱり、一度「ゼロ」になったからなんじゃないかなあ。

ゼロになって、そこからまた伸びていく、ということ。


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