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2017-02-06

マレーシアには同調圧力がない、だからこそ個が際立つ


毎日おひとりずつ、マレーシアで働く方にインタビューし、記事にしています。昨日もおひとりお話を伺いましたが、その方は29歳、マレーシア就職して1年半が経過したところだとか。前職と同業種でお勤めで、日本語ネイティブスピーカーであり、日本人として対日系企業の営業として働かれているということでした。彼女の話がこれまた非常に興味深かったので、こちらでシェアします。

「マレーシアで暮らしていると、同調しなくていいんですよね」。彼女はこう言いました。マレーシアは中国系、マレー系、インド系が暮らす国であり、信仰する宗教も三者三様。いまは旧正月一色で、クリスマスはクリスマス一色ですし、イスラム教の行事もある。その各々にとってのイベントにも、同調する必要がないというのです。それぞれがそれぞれの信じるものを信じ、生きたいように生きる。

僕はこの話をとても興味深く伺いました。だって、日本は同調圧力があるじゃないですか。こうしなければいけない、こうすべきだ、みんなと同じように合わせるべきだ…時間をずらせば解消する満員電車も依然としてずらさないし、就職は新卒のタイミングで大手企業に入らないと存在価値ないみたいに思う人もいるし、「みんながこうしているから、自分もこうしよう」ということがとても多いように思うのです。こればっかりが、読者のみなさんも共感してもらえるところでしょう。

それはとても楽だと思います。みんなと同じように、先輩と同じようにしていればいい。ある種思考停止、「和を尊ぶ」ことの素晴らしさでもあるのかもしれません。マレーシアは、その逆を行っている気がします。日本とは真逆であり、良い意味でさっぱりしている。そんな印象を受けました。

違いがあると、自分と向き合うことになる

そしてもうひとつ、僕がとても興味深かったのは、「それでも違いは存在するから、個が際立つ」という彼女の発言。同調しないものの、個々は確実に違っていて、宗教も、教育観もまったく違ったりする。だからこそ、「自分はどうなりたいのか?」「自分はなにができるのか?」と自問自答し、個として生きていく実感がするというのです。

彼女は外資系企業勤めで、アジアパシフィック(日本を除く)の中でも唯一の日本人社員だとのことです。周りは全員外国人、日本人の商習慣を知り、感覚を持つのは自分だけ。そんな環境で働いていると、良い意味で「よそはよそ、うちはうち」と考えるようになるようです。一方それは厳しくもあり、それが外の世界なのだなと改めて思いました。自分ができること・得意なことはなにか、他人ができることはなにか、どうやってできることを増やしてやりたい方向性にもっていくのか。彼女はそう考えていました。

実はこの考え方は、海外就職活動時には持っていない人が多いのです。「やりたい方向性」が先行し、できることがついていかないことも。それだと就活しても、求人はおりてこないですし、選考を受けたとしても受からないんですよね。特に海外になると、外国人として就労ビザをおろす必要があります。各国レギュレーションがあり、選考で受かっても就労ビザがおりないと働けません。

一緒にキャリアの棚卸しをすることで「あなたなら、この国、この国なら可能性があるかもしれません。こういうことができて、興味があるなら、こういう打ち出し方をしましょう」と考えるのが、実は僕の仕事です。その点はわからない方が大多数だと思いますので、お気軽にご相談ください。

クアラルンプールの中心地で、西欧近代主義の象徴マクドナルドがハラル認証を叫ぶ。


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