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2017-01-26

分人主義の実践で、自意識が剥がれて人生捗る。

どうも、神農( @kacnhan_r )です。至極個人的な話をします。

実は最近まで匿名アカウントでしばらく毎日ブログを更新していまして。これはひとつの実験だったのですが、それなりによくわかったのでこちらに戻ってきました。

なにかというと、「もうひとつの人格を作ってみたら、自意識は剥がれるのか?」という実験をしていました。
というのも、僕は書きたいことはたくさんあれど、「俺が海外就職以外のことも書いていいのか?みんなどう思うのか?」という自意識に縛られて、全然ブログを更新できない日々がここ2年くらい続いていたのです。

ここ最近ほかのアジア諸国に頻繁に足を運ぶようになり、「昔、ブログ読んでました!」と言っていただくたびに「ああ、ありがとうございます。最近書けてなくて…」と話していました。海外就職の当事者として海外就職についての意見があると自負していながら、一方で書けないことに悶々としていたのです。

そこで、一度全然違う、今目の前の好きなことやおもしろいことを各ブログを作ってみたらどうか?と思ったのです。完全匿名アカウントで、誰も知り合いがいないアカウント。実はTwitterですら初めてすぐに実名アカウントとして運用していたため、匿名でやったことなんてなかったです。いわば、「良くも悪くも、インターネット上の活動は確たる個人意識に紐付いていた」のです。

そして少しやってみて唐突に気がつきました。ああ、別に「わたし個人」なんて存在しないんだな、と。平野啓一郎氏の「わたしとはなにか」でも触れられていましたが、個人(individual)は分人(dividual)であるそうです。どういうことかといえば、近代西欧においては個人とは分かち得ない(individual)であった。しかし、今はそんな考えだと苦が増える。なぜなら社会そのものが多面化し、ひとりの人間が面として接するコミュニティが幾つも増えたから。そんな現代においては、個人とはdividualであると定義し、相手によって別人格が現れると認識したほうが、よほど自然だと。

これ、やってみるとおもしろいのですが、一度分人主義をネットでもリアルでも実施してみると、ある程度のところで「ああ、俺に中心になる人格なんてないのだな」と気づきます。僕は今まで海外就職というとても興味のある分野とまるで一体化したような感覚でしたが、一度別の自分を作ってみると、それも紛れもなく自分だったのです。

実は独自ドメインもとって、毎月1200円も払いながらwordpressでやってみたのですが、身をもって分人主義をやってみてよかった。アホみたいな話かもしれませんが、やはり真のインプットは情報ではなく体験であることを実感したのでした。

ということで(どういうことだ)、今後はこちらのブログで毎日ブログを書いていこうと思います。海外就職に限らないので、ブログタイトルから「海外就職ブログ」を外しました。海外就職というテーマは、別に高らかに掲げなくてもすでに僕の人格の一部であって、今後はほかのこともやってくよ(まあずっと前からやってたんですが)、という意思表示です。
その時その時の好きなことをどんどん書いていこうと思います。宜しくお願いします!

自意識なんてこんなもんでいいよね。トリミングして大分近寄っていますが、冬にどうにかつぼみを残しているなにかの花。梅かな?咲くべきときに、咲けばいい。

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