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2016-03-31

【書評】「旅と日常をつなげる(チェコ好き)」〜どうでもいい情報が多すぎる情報洪水社会、どうやって自分の興味関心を見いだすのか?


僕が最近常々思っていることです。「ソーシャルは自分にとってどうでもいい情報が多すぎる」。

この前フィリピンは連休だったのですが、最低限の仕事はやって、あとは情報断食して瞑想していました。結論としては、「非接続」世界で「体験の価値」に重きをおかなければなと考えていたのですが、そんなときにタイムリーな本が出ていましたので書評にします。

最近好んで読んでいたブログ「チェコ好き」の中の人の本です。といいながらも、自分語りから始めます。

インターネットがおもしろかった2010年、おもしろく感じなくなった今

4,5年前の僕にとってソーシャル(SNSの世界のこと、特にここではTwitter)は、紛れもなく、新しい世界でした。新卒の就活もリクナビ・マイナビで横並び就活がアホらしすぎて、2010年当時、始めたばかりのTwitterでできた相互フォロワーさん(当時の感覚ではほぼ友人)をつたって上京したほどでした。それは多分、当時の自分には「(地元という内から)外に出たかった」という強い気持ちがあったから、というのもあります。(参考:僕にとっての「海外に出る必然」とはなんだったのか?)

2010年当初は、今のように「テレビの縮小再生産みたいなインターネット」ではなかったので、もの凄く尖っている人がガンガン露出していて、田舎者の自分は刺激をビシビシ受けまくっていました。ずっと地元、大学も地元な人からすると、その情報濃度はこれでもかというくらいに、濃かったです。もしかしたらそれはインターネットというよりは、「東京」だったのかもしれませんが。

ただ、なんでも裾野が広がって一般化するもので、Twitterもかなり一般的な人々も使うようになったようで、気がついたら、もうタイムラインを見ることすらも辞めてしまいました。

インターネットは階級固定装置

さて、前置きが長かったですが、この状態は本書でチェコ好きさんも触れています。「それが検索エンジンであろうと、ソーシャルであろうと、インターネットは基本的に階級固定装置」だそうです。

なぜ「インターネットは階級固定装置」なのかというと、東浩紀さんの言説によると、自分がすでに知っている言葉でなければネットの検索機能を使えないからだそうです。

確かに、そう。Twitterでも、全く自分のアンテナに引っかからない人はフォローしようがありません。4,5年前の僕は学生であったし、知識も全くないような人間だったので、どっぷり浸かればそれなりにおもしろい情報に触れることも、人に触れることもできました。でも、もうここまで来ると固定されてしまう。

それは結果的に、人と共有しにくい自分独自の欲望や性欲をかき消してしまったり、ブログやSNSでの過剰とも思われる自己主張、自己アピールをしたりすることにつながっていくのでしょう。

また、チェコ好きさんは言います。「他人に見せる、他人のしていることを自分もする監視社会の中にいると、自分の欲望や価値観がわからなくなる」と。もう、これほんとうに真実だと思うんですよ。「自分が好きなこと、楽しいと思うこと、その興味関心」をちゃんと自覚していない人って、こんなにたくさんいるんだ。ということを、常々思います。

僕は「日本人が内から外へ出て行く時の入り口、その後」のことを考えることが好きですし、だからこそ、海外就職アドバイザーとしての仕事、フィリピン留学の英語学習者の方々へインタビューしてそれを伝える、という仕事をしています。でも、多分ここまで明言できる人って、どうやらそこまで多くないらしい。チェコ好きさんいはく、その原因は「ソーシャル起因の監視社会」だと。

僕が思うのは、「シャーシャル監視社会」にいると、想像力を奪われます。僕も奪われがちです。インプット過多だし、どうでもいい情報が多すぎるんですよね(このブログもそうとか言わない)。人は情報の摂取が多すぎると、自分のアタマで考えられなくなる、と実感値として思います。頭がボーッとしてくる。

監視社会としてのソーシャルでは、「非接続」と「接続」の往来で最強のコンテンツを生める

この問題に対する解決策として、チェコ好きさんは「ネット断ち」を提案しています。うむ、マジでみんなヴィパッサナー瞑想とか行けば良い。僕も来年はスリランカのウルポタに行く予定です。定期的に、リセットした方が良いです。最後にこれがおもしろかった。

未知の場所へ旅に出て、普段はやらないようなことに手を出して、世界の複雑さに頭を抱えて、ひっくり返ってください。あなたと世界の接点を、無限に増やし続けていってください。そんなふうに、「接続」と「断絶」を意識して利用していけば、インターネットはきっと、あなたにとって「階級(世界)固定装置」にはならないでしょう

なるほど、「非接続」オンリーで居ればいいのではなくて、「非接続」と「接続」を行ったり来たりすればいいんだ、ということですな。「非接続」で複雑性を体験し、そこで価値観や欲望を発見し、「接続」でみんなに伝えよ、ということ。

日本以外の国に住み始めて4年になりますが、それでも「接続」の世界に求めることが、今まで多くありました。上記のように意識して、「非接続」で体験、「接続」で発信を基本にすれば、インターネットに囚われずに済むのかもしれない。最強のコンテンツって、「非接続」で発見した自分の「価値観」なんだな。うんうん。

★ ★ ★

なんか、もう「接続」で得られる知見って、ほんのわずかだと思います。いや、勿論有用な情報もあるし、掴んでおかなければならないトレンドもあるんですけど、それ以上にノイズが多すぎる。情報処理能力鍛えてもいいんですけど、それならインプットはそれなりにしておいて、あとは自分の頭で将来を描く想像力を養った方がいいんじゃないでしょうか。ググっても自分が興味あるものは分からないし、将来は教えてくれません。

最後に自分のブログの過去記事からの引用です。

人間のほんとのほんとのところは無条件で絶対的なところにあります。ぼくにとって、それは「外に出る」という抽象的な観念だった、だから海外に出た、ただそれだけです。-僕にとっての「海外に出る必然」とはなんだったのか?

総じて、自分の中のモヤモヤをはっきりと、やさしく言葉にしてくれているような本でした。チェコ好きさん、やさしい人なんだろうな。素敵な本を書いてくれてありがとうございました。ネット中毒、活字中毒のあなた、必読です。

 


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