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2012-05-17

大きめの選択することは覚悟を持つことだ

同じバンガローに滞在するお兄さんと毎夜毎夜世界や会社や仕事について話をしている。というか話を聞いている。

はやく僕も誰かに話をできるくらいコンテンツを自分の中に積み上げなきゃ。そんなことを痛感する。

 

その中で興味深いというか、自分の中で悶々とすることがあったのでここにシェアしたい。

 

以前にも書いたことがあることなのだが、何かを選択するということは何かを捨てるということだ。

例えば僕が前職を退職したことで同僚の人々と会うという可能性を捨てたわけ。

今回こうしてインドネシアに単身来て就活するぞー!と選択したことは、以前東京で住んでたシェアアパートメントの愛しい人達と幸せに暮らすことを捨てたわけ。そもそも人生の有限性を痛感した焦りから、また単身上京して自分売りまくったことも、実家で家族と暮らすことや両親のそばに居ること、地元友人達の近くに居るという選択肢を捨てたわけだ。

 

そうした選択にはとても大きなパワーが居る。種類は2つ。選択するという行為を行う時のパワーと、その後それを貫き通すパワーだ。

本記事で話題にするのは2つめ。

 

今まで1つめの選択する行為をする際パワーがいるわ、と考えることが多かった。でも今回話聴いて、それを貫くパワーのシビアさを思い知らされたのだった。それは言い換えれば、覚悟だ。

 

覚悟は、捨てた選択肢に対する後悔を振り切ることを強要する。覚悟は選択したことが正解だったと自分を納得させるためのシビアなレールを敷く。

 

 

そこには大前提として2つある。それは、選択したことはある程度継続しなければ正解かどうかすらもわからない。ということと、リスクはすべて自分が負うということだ

 

 

選択をする=継続する

 

 

ある大きな選択をした場合、目的はその選択を正解にするということだろう。

往々にして大きな選択をしてある程度継続してみないと正解かどうかわからない。だから継続することを求められる。一般的に。

例えば新卒で入った会社は3年は続けろと言われるし(1年で辞めたけど)、今回インドネシアで働くことができても1年で辞めたら多分なんの意味もない。3年や5年は続けないといけないだろうし、10年やらないとという人も居る。どれがほんとかとかは知らん。人は経験則でしか語れない生き物だし。

ここではベンチャーに入れば1年でかなり仕事できるようになるとかそういう例外は除く。

 

 

特に今回の僕の海外就職に関して言えば、ある程度継続することは必要だろう。使う言語は3カ国語になるし、相手は日系企業さんだったり現地人スタッフだったりする。業務の幅も広いようだし、もう多分勉強の連続のはず。

そうなれば今回のインドネシアで働くぞ!という選択肢はある程度継続しないと正解にはならない。ここで働いて何のスキルも身に付かず何の成果も挙げられなければそれは不正解だったということになってしまう。

 

 

そういう意味では僕が前職を1年で辞めたのは、自分の選択が不正解だったと認めたということだ。後から振り返ればConnecting Dotsと言ってうまく収束させるかもしれない。人間は記憶を美化させる生き物であるし。でも現時点では、前職を何年も継続するよりもインドネシアに飛び来んで働くことの方が今の自分にとって正解だと判断したのだ。

これに関しては大いに思うことがあるので、就職先がこちらで決まり次第決めた理由と一緒にここに書きたい。

 

選択をする=リスクを自分で負う

 

2つめの理由は、その選択のリスクはぜんぶ自分に降り掛かってくるからだ。

それが正解でも自分のおかげ、不正解でも自分の責任。自己責任論ではないけど、こういう大きな選択は自分に全部リスクが降り掛かる。まあ若いときはレバレッジが聴くのでハイリクス・ハイリターンな選択をすべきだとは思うけど。

僕はわざわざそのために会社辞めて、居心地の良い空間飛び出して行く訳だからこの感覚はとても強い。自分で考えて自分で選択したので誰のせいにもできないのだ。別にしたことないけど。

 

 

これからあまりうまくいかなくてすぐ辞めたりでもしたら、それはもうおめおめと日本に逃避行するハメになる。そこで例えば本気でやってなかったからね、とかそんなつまらん言い訳するようじゃ終わってる。

ちなみにそういう挫折が勉強になるんだよとか、そうやって人は大きくなるとかいうのは間違い。今回は割と人生を左右する大きな選択の場合なので。

たくさん前職の例を出して恐縮だが、入社したときと辞めると決めた時リスクを負う覚悟はあった。だから今こうしてここに居るわけだが。

 

結局選択を正解にするためには、トライ&エラーを繰り返し、実績を積み上げるしかない。

 

こういった理由で大きな選択することは覚悟であり、自分でリスクを負って継続して正解んしてやるぞ!ということなのだ。

 

だからこそ、これから就職やら人生を揺るがす大きな選択をする人は自分でリスク負ってこの選択肢を正解にしてやるぞ!という意気込みでやってほしい。僕もそういう覚悟で臨む。

覚悟の話を聞いた時は、生唾を飲んだ。多分不確実性に対する恐れがあったからだろう。でも今は違う。この記事を書き終えている今、この話は消化しているので覚悟はできている。あとはやるだけだ。

元々ベストな選択肢なんてない。ベストな環境なんてない。選べばそこで問題や辛いこともたくさんあるだろう。でもそこは選択したんだという覚悟で、正解にしてやらあという覚悟で臨みたいもんだ。

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