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2016-01-19

大抵の物は、なくてもどうにかなる

2015-12-31 12.05.01-1

せっかく2万4千円もだして買ったKindle Voyageを紛失した。ショックだった。なにがって、買って未だ数ヶ月も使っていないのに、なくした。(と思ったら、今朝部屋内で発見。)

正直、注意力が散漫だった、と思った。シヌログ祭りで数時間歩き、プロカメラマンや業界人の間を縫って写真を撮影し、かなり気を削がれた。また、昨日は雲一つ無い晴天、典型的な南の島気候だった。そんな中近くのショッピングモールでご飯食べて体力補給。注意力が散漫にならない理由はなかった。

それにしても、なんでショックだったんだろうか?

最初紛失したことに気付いたとき、ショックだった。それは、「所有していたものがなくなったから」だ。僕はいわゆるガジェオタだが。「カメラとパソコンとデジタルデバイスはとりあえず最高スペックを持っておく」ことが信条。このガジェオタ性は、新しいものを試してみたいという衝動と、所有欲を満たしたいという欲のふたつを満たすことから成り立っている。

特にガジェオタにとって、所有欲を満たすことはとても大切なことなのだ。そのガジェットを所有しているだけで、気持ちが良い。気分が良い。嬉しくなる。次の休日、これ持ってどこに出掛けようかな、とワクワクする。ガジェオタにとってのガジェットモノは、人生を豊かにする要因のひとつだ。

ただ、実際に久々に大事な大事なKIndle Voyageを紛失してみて、自問自答してみた。僕は本当にショックなのか?

なくしても大抵の物はどうにかなる

とある近しい人は、スペイン巡礼800km(!)を歩くためにフランスに向かう飛行機でロストバッゲージに遭ったそうだ。なんと、巡礼して「精神的に要らないモノを捨てる」どころか、「巡礼前にすべてのモノを失った」のだ。巡礼前に全てのモノを失って、巡礼で何か捨てるものがあったのだろうか。

勿論そのモノの中には、ipodや服、電子機器類が入っていた。彼女はその後、現地で必要最低限の物資を購入し、無事800kmを歩き終えた。ちなみに彼女はその前に空き巣にパソコンを盗られており、言わずもがなもう何も持っていない。

彼女は言った。「大抵の物は、無くしてもどうにかなる」。きっと、そうなんだと思う。今僕が、デジタル一眼レフカメラとMacbook Proという2台ガジェットを盗られたらどうなるだろうか。「仕事ができなくなる」のだ。ならば、また買えば良い。そう、また買えるのだ。

そう自分の今持っている持ち物を振り返ってみると、「なくなるとどうしようもなく困るモノ」はひとつもない。もしかしたら、想い出の品は無くしたら問題かもしれない。アルバム、手帳……しかし、幸か不幸か僕はそういったモノをひとつもここセブに持参していない。正直、自分の過去に執着は薄い方だと思っている。

結局は今朝方Kindle Voyageを部屋で発見し、事なきを得たものの、「大抵の物は、無くしてもどうにかなる」ことに気付けて良かった。こういう「機会」は降りてくるものだ。こういうことってあるんだなあ。不思議な気持ちになりました。

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