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2015-12-20

「東南アジアなんてどこもあんまり変わらない」と高を括っていた僕が、タイ視察ツアー&現地採用忘年会で見つけたもの

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東南アジア諸国は、どこも大して変わらないと思っていた−。

ビルの隙間から見える空が暗めのオレンジに染まる頃、日が暮れかけたバンコクの街で、タイ人日本人西洋人入り交じり行き交う中ひとり立ちすくみながら、なにか胸が空くような感覚に、僕は陥っていた。

不肖、僕はインドネシア・ジャカルタで2年程度働き暮らし(たまにシンガポールに行き)、フィリピン・セブ島で1年半働き暮らしてきた。そんな僕は東南アジアの「アジア的」な感覚は肌で分かっていたつもりだったし、正直、他の国にそこまで足を運ばなくとも、大体分かっているつもりだった。なんというか、ちょっとした「アジアで働くことを経験している中級者」的な自覚が、お恥ずかしながらも、多分あった。
そんな僕が鼻を明かされたのは、タイ視察ツアー並びに現地採用忘年会だった。

「成熟したタイ」と、僕のオリエンタリズム

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「昨日から寒くなった」(みんな言ってた)らしいバンコクの空港から寒い寒い言いながらタクシーに乗り、金額の割には質の良いホテルに着いた僕は、すぐさまカメラを肩から下げ、軽犯罪に合わないかどうか伺いながら、街を歩き回っていた。そこで僕は、驚きの光景の数々に出逢うのだった。

まず公園に行けば多くの男女がジョギングを嗜み、傍らでは筋骨隆々の男達が、いや、それのみならず若い女性やおばあちゃんまでもが、筋トレをしていた。「おいおい、なんでそんなにみんな健康意識高いんだよ、金持ちはデブばっかりというのが相場じゃないのかよ」とジャカルタとセブの経験から判断していた僕は、その意識の高さに圧倒された。あれか、日本でいう皇居ランみたいなアレか。

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一方、街行く人々は皆小綺麗な身なりをしていて、それは言うなれば「欧米っぽい」というか、「日本人っぽい」というようなものだった。かっこいい奴も、かわい子ちゃんもたくさん居た。「バンコクの女の子は可愛い子が多い」。アユタヤで働く友人が、羨望を瞳の中に交えながら言っていた。確かに、悔しいながら、結構イケてる人多かった。

公道に目を向ければ、車線が多く広めに取られている幹線道路、その横にまた広めにとられている歩道におおっと声を上げたくなった。「これ、もう走り放題じゃん」と言う僕の前で、「通勤ラッシュ時はさすがに外は走れないよ」とバンコク現地採用の友人は目を伏せたけど、これくらいはセブとジャカルタでいうと「普通レベル」だった。全然走れる。超羨ましい。バンコク住みたい。

おまけにアジアお馴染みの乗り合いバスも、なんか綺麗。なにこれ、デザインも統一されている。セブの乗り合いバスの、あの奇々怪々なデザインと比べれば、政府が介入していることは明らかだった。あれか、バンコクは王様が超有能なのか。

「タイって文化的に成熟している気がするんですが、なんでですかね」。視察ツアーのバンの中で僕がこう漏らしたところ、主催のGJJ田村さつきさんはこう答えた。「公共交通機関が発達しているからじゃない?だって、電車が文化に浸透すると、他人に見られる意識が生まれるじゃないですか。バイクタクシーとか車じゃ、周りなんてどうでもよくなっちゃうからね〜」。なるほど、電車のない国に数年間住んでいる僕にとって、それはとても納得いく回答だった。

 

おそらく、というかほぼ間違いなく、僕が「アジア的」であると感じていたのは、ある意味偏見だった。いわば、「文化的に遅れているアジア諸国」。僕はアジアの人々と働いているにもかかわらず、あろうことか、アジアを「対象化」して見ていたのでした。サイード的な「オリエンタリズム」そのもの。タイ自体にも、「どうせアジアだろ」というよくわからない高の括り方を、していたんだった、きっと。

日本人という存在は東南アジアに所属していない、かのような感覚を知らず知らずのうちに持ってしまっていたんだと思う。これに気付かされたのは皮肉にも、「日本とあまり変わりがなくなってきているタイ」に一歩踏み込んだからでした。おい、俺もお前もアジア人の一員なんだから、と誰かが頭の中で囁いた。ちょっと凹んだ。

日系大企業役員が語った、現地採用必要論

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そんな初日が過ぎ去った翌日、僕らが赴いたのは、主要工業団地に所在している日系の大手製造業企業であった。ジャカルタ時代に製造業の営業をしていた僕も知っている名前の企業で、お話を伺っていると、古い会社なのにとても先進的な取り組みをされていて、単純に驚きを隠せなかった。

僕は、インタビューの中で「御社が現地採用の求人を出している理由はなんですか?」という質問をさせていただいた。なぜこんな大手企業が、現地採用として働く人達に対して一定の意識を持っているのだろう。単純に疑問だったからだ。
「それはもう、必要だからですよね、やっぱり」。一瞬拍子抜けしたような感覚に陥り、その次の瞬間、すっと腹に落ちてきた。
「現地のタイ人とコミュニケーションをとって、仕事を進めていくタイのエキスパートとしての日本人現地採用が必要なんですよ。だから、そう考えると、我々としてごく自然に必要だという考えになりますね。」本社から駐在・出向という形でタイに縁もゆかりもない社員を無理に送り込むより、タイでやれる日本人を採用し、育てた方が良い。目の前で日系大企業の役員クラスの方がそう語る姿を、しっかりと目に焼き付けることができた。

勿論、コストメリットがあるから採用している、ということもあるはず。ただ、その企業は現地採用でもキャリアパスが社内で用意されており、同席頂いていた現役現地採用2年目の方も、「あまりにしっかり仕事できる環境なので、逆に、海外で働いている気がしない」と自嘲気味におっしゃっていた。なるほど、そういう見方もあるのか、と逆にちょっと羨ましくもあった。でも、役員の方は「うちはすっごい厳しいですよ」とニヤリとされていて、それは嫌だなと思った。(おい待て)

(※ちなみに、彼は僕がジャカルタ時代に同じような視察ツアーに参加していた中のお一人で、それが海外就職のきっかけだったそうな。一介の若造が人のきっかけになれたという事実に、静かに胸が熱くなりました。また是非ゆっくり飲みましょう。)

 

初心に戻ることが出来た、現地採用忘年会

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タイ出張のラストイベントは、アジア中から集まった現地採用として働く方々との大忘年会。30人超集まったようで、バンコク中心地に位置するテラスバーのようなタイ料理屋は、突如として現れた、謎の日本人の集団に沸いた。
まず、しばらく、それこそ数年間お目にかかっていなかった方々にお会いできたことは、とても嬉しかった。中には、僕がそれこそ4年前くらいにジャカルタ行く直前にお会いし、「海外就職するかどうか、真剣に考えている」とおっしゃっていた方もいた。彼女は既にバンコクで3年程度働かれており、そのエネルギッシュに話す姿は、勝手に感慨深いものがあった。あれからご自身で悩んで悩んだ末に意思決定をされ、もうそれだけ月日が経ったのか。人に近い距離で関われる機会をあの時頂けたこと、未だこんな僕のことを覚えておいてくれていた彼女に、感謝。

そしてこれは全く想定していなかったのだけど、このブログがきっかけで海外就職を考え始めたという方や、「RSSリーダーで定期購読しているんですが次はいつ更新するんですか?」と言ってくださる方にも多々お会いし、これも正直、ものすごく嬉しかった。今やあんまり更新しなくなってしまったけれど、このブログを始めた頃は日々思うことがありすぎて、2,3日に一度は更新し、気がついたことをWordpressのビジュアルエディタにぶちまけていた。その頃から読んでいただいている方々だった。

いわば、自分の原点くらいから知ってくれている方もいらした。そういう人が今海外就職を実際にしているという話を聴くと、僕も初心に返らざるを得なかった。そして、向こう1年くらいはこの嬉しさで人生やっていけると思う。

どう生きるか

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現地採用の皆さんは、紛れもなくHappy Peopleだった。僕が言いたいのは、みんなとても幸せそうだったということだ。

なぜ幸せなのか?それは、目の前のことに、眉間が熱くなるほど熱中して取り組んでいるからじゃないだろうか。仕事のお話を伺えば、まだ勤務開始ばかりでローカル社員とうまくいかないとか、2,3年経過して将来のこともそろそろ視野に入れなければ、タイ人と働くのは大変、など時には苦い顔を浮かべながら話していた。なんというか、多分僕も昔このブログで書いたことあるし、通った道だった。将来のことなんかは、さすがに僕も未だにわからない。そういう意味では、現地採用ならではの悩みであったし、少し懐かしくもあった。

でも、なんだかんだ、みんな超楽しそうなのだ。なんというか、生きていることが楽しそうなのだ。
生きていることが楽しい。それほど上等なことが、世の中他にあるだろうか。

突然で恐縮だが、人生はきっと、どう生きるかが大事だ。パスポートを持っている日本人が、全人口の3割切っているという衝撃的事実があるが、その中では圧倒的なマイノリティである僕らは、これでもかというくらいに前のめりに、もうそれは常にコケそうになりながら、生きている。
その状態を、みんなそれぞれ楽しんでいる気がした。たぶんこれは、生き方なんだ。

海外就職とはなにか?と聴かれれば、今の僕はこう答えるだろう。「海外就職は、生き方であるし、生き様である」と。
僕らが海外で働き生きるのは、誰に言われるわけでもない。むしろ、家族を説得するという障壁があったり、常に将来の不安に曝されたり、時にも街で軽犯罪にあいながら、どちらかというと、常に一定の負荷の元生きている。そんなに頑張って生きても、いつ報われるかなんて誰も知らない。それは、時には苦しく辛いものだ。散々そういう相談を今まで受けてきたので、痛いほどよくわかっているつもり。

ただ、きっとその生き方がHappyなのだ。少なくとも、僕はこの生き方が最もHappyだ。
今回話を伺えた方々は、みんな今Happyだったんじゃないだろうか。

今回タイに来て本当に良かったなあと、思えた。現在地を確認する、とても良い機会でした。またバンコク行きたい。引き続き宜しくお願いいたします。

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