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2015-11-26

23歳の自分は、なぜ海外就職しようと考えたのか?

 

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最近サウスピークで講座始めたりして、「そういえばなんで海外就職しようと思ったんですか?」と聴かれることが多くなったので、ここに書きます。
ちなみに、昔なぜインドネシアで転職したのか。海外就職の理由と想いという記事で触れていますが、書いてみたら、表現は変われど本質的なところは同じでした。

僕が昔海外就職しようと思ったのは、「成長市場で働きたかったから」「漠然と海外に憧れがあったから」です。
順に追って説明していきます。

目次

1.とにかく成長産業・市場で仕事をしたかった
2.「世界の広さと深さ」への憧れ
「海外就職」という仮説を実証したい

1.とにかく成長産業・市場で仕事をしたかった

なぜ成長している市場で仕事をしたかったのかというと、「仕事の機会が多いところで働きたかったから」です。具体的には、一刻も早く、責任ある役職で仕事ができるようになりたかったから。

成長産業・成長市場では、身を置く企業は成長しやすいです。なぜなら市場・産業が成長しているから。企業が成長するというのは、売り上げが増加し、利益が増加し、仕事が増え、人が増えていくことです。

成長企業では、役職(ポスト)が増えます。いわゆる、椅子が増えるのです。最初は小さく、ひとりがすべてをこなしている状況だったのが、どんどん人が増えて、分業化していきます。そうすれば必然的にポストが増えます。若くして仕事の機会を得て、経験を積めば、中間管理職のポスト等に就きやすくなります。

僕は、できるだけ若いうちから責任あるポジションで仕事をすべきだと思っています。なぜなら、視座が高くなるから。部下ができて、気にすべきことが増えて、より「組織として全体最適を目指すには、どうすればいいのか?」を考える必要がでてきます。「必要は発明の母」ではないですが、こういう必要性に直面すると、嫌が応でも考えることになるんですよね。

「仕事が人を作る、ポジションが人を作る」。ポジションが上がり、仕事の幅が広がり、抽象度が上がることによって、人はより成長できるんです。(※勿論、現場も知らないといけないですが)

僕は昔もりぞおさんのブログで「海外就職」というものを初めて知りました。「ああ、海外には成長市場があるんだ」と知ったときは、衝撃的でした。

 

実は元々、僕は「日本国内の、いわゆるベンチャー企業という場所で働くことが、仕事の機会が最も多いのではないか」と考えていました。だからこそ新卒で東京にある、とある企業に入社しました。
想いとしては自分の成長も勿論のこと、実は他の悶々とした若い人達も、ベンチャー企業でチャレンジすればいいと仮説があったんです。しかし、結果でいえば、自分の考えている環境ではありませんでした。

厳密には、「部分的事実として、そうではなかった」ということです。自分の予想外だったことは、「脱落していく人が多くいる」ことでした。具体的には、一緒に働いていた上司が何人もバックレて翌日から姿を現さなくなったり、一緒の時期に入社した同期が身体を壊したりしていました。

今だから言えますが、こういう状況について僕は断じて、正しいとは思いません。成長環境であったことは認めますが、人が身体を壊し、それでも会社として成長を目指していくようなこと自体、正しいことではありません。

勿論、日本には色んな企業があるので、もっと優良な企業もたくさんあることでしょう。ただ、僕が身を以て経験したことが、その地獄絵図でした。だから当時は、「ああ、日本では駄目なんだ」と考えざるを得ませんでした。
(※今考えると「おめーのいる会社がブラックなだけだろ」ということになりますが、まあ人間万事「自分の経験したことが真理」なので見逃してやってください。)
同時に、「国内ベンチャー新卒入社というのは、多くの人に勧められる選択肢ではないんだな」と思いました。そこで、先程述べた「海外就職」という選択肢が急浮上したのでした。

ただ、当時23歳のとき、Web上にも海外就職関連情報は落ちていないし、周囲にもひとりもいませんでした。「それじゃ、自分がやってみて実証するしかないな」と考えて、海外就職に踏み切ったのでした。

2.「世界の広さと深さ」への憧れ

2つ目は、そもそも海外というものに憧れの念みたいなものを持っていたんだよというはなし。

僕が「海外」という世界に憧れを持ったのは、ある本を読んだことがきっかけでした。それが、「銃・病原菌・鉄」(ジャレド・ダイヤモンド著)でした。

 

この本は、著者であり文化人類学者であり、ニューギニア人と33年間行動を共にしてきた彼が、聡明なカリスマニューギニア人政治家から投げかけられた質問から端を発します。
「白人はニューギニアにたくさんのものを発達させ持ち込んだが、わたしたちニューギニア人には自分達のものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」
この問いに答えんとして、ジャレド氏は25年後に研究成果として書き、本として出版しました。答えとしては、「富の偏在の原因は、環境要因である」というものです。

難しい話はおいておいて、当時大学4年を目の前に控えており、今以上に単純であった僕は、本書を読んで衝撃を受けました。「世界って、なんて広くて、深いんだ」と。本書は読むと、歴史の縦軸と横軸を縦横無尽に駆け巡るような感覚に襲われました。大学受験で散々世界史は勉強したものの、そんなレベル感のものではなかったんですよね。

そのときはじめて、「なんで俺は日本にだけ住んで、これから働くんだろうか」と疑問に思ったんです。おかしいじゃないですか、日本で生まれて日本語が母国語だからといって、死ぬまで日本で住んで働くのって。あんなに広くて深い世界があるのに、どうして皆海外に旅行くらいしか行かないのだろうか。

周囲に海外で働いている人も、住んでいる人も皆無だったので、余計にそういう感覚に陥りました。今思えば、この時の強烈な「海外への憧れ」が、今の自分を作っているのだと思います。

「海外就職」という仮説を実証したい

やる気のある人にとって海外就職はベターな選択肢である、ということは未だ仮説段階です。その仮説は、実証しなければなりませんし、その先を創っていかなければなりません。あまりにも先例が少ないですからね。それは同じように今海外で働いている人達ですし、これから働く人達でもあります。

と同時に、別に途中で日本に帰るのが悪い等とは思っていません。むしろ、海外就職のその先のキャリアとして日本でキャリアアップするという選択肢も、可能性としては十分ありますし、そういう実績も既に目にしています。

人生は各個人の意思決定の連続によって成り立つものでありますし、先のことなどどうなるか誰もわかりません。ただやっぱり、やりたいことに繋がっただとか、なにか大事なことに気付いただとか、給料が上がった、おもしろい仕事ができるようになった等、なにかしら前進につながればいいですよね。

唯一の正解なんてものは存在しませんが、「その人が正しいと思う解」は存在すると思っています。僕も当事者として、この道を自分にとっての正解にするべく引き続き頑張っていこうと思います。また、今サウスピークで海外就職支援を実施していることも含めて、これから海外就職を考えている人達、既に海外就職している人達の次のキャリアについて、一石を投じられればいいなどと妄想している次第です。

 

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