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2014-11-23

環境に規定されるな、思考せよ

ウズベキスタンで著名な重村さんがこんなツイートをされていました。漢@kanchan_r、グッときました。先入観とはなにか、んじゃどうすればいいのかを考えました。

なぜ先入観は生まれるのか

会話相手は先入観と固定概念を押しつけているようですが、なぜこういうことが起きるのでしょうか。それは、その人の価値観が自分の置かれている環境に規定されていて、かつ無自覚だからです。「環境に規定された自己」という概念は哲学者の東氏の著作から引用しています。

ぼくたちは環境に規定されています。「かけがえのない個人」などというものは存在しません。ぼくたちが考えること、思いつくこと、欲望することは、たいてい環境から予測可能なことでしかない。あなたは、あなたの環境から予想されるパラメータの集合でしかない。-「弱いつながり」

人間はその環境に漫然と置かれる限り、その環境が規定する未来から逃れることはできません。例えば、僕が何も考えず地元で就職していればきっと未だに地元に居るのでしょうし、どっかの会社に就職して一生を終えようと思うか、そこそこの重厚長大大企業に属して安寧にあぐらをかきたいと考えていたかもしれません。(※実際に昔そう思った時期がありました。)
正直大学では周りの人は結構みんなそう考えていましたし、僕の地元はまた田舎なので一生その土地で暮らそうという人がほとんどです。この例は、環境が個人を規定するというのが僕にとって最も腹に落ちる例です。

ずっと地元に住むことをもちろん否定などしませんが、もしそこに居たらインドネシアで働いたり、そこからフィリピンにまた移住したり、ブログで色々発信することなど思いも付かなかったでしょう。そうなれば、僕は冒頭のような発言も厭わない価値観になっていただろうと思います。先入観とは、成人するまでに身につけた、環境に規定された価値観なのです。

予測可能なものしか信じなくなることの害悪

環境に規定されている限り、その人は自分が予測できる範囲内のことしか信じません。環境に規定された個人とは予測可能な個人だし、東氏のいう「Googleが取捨選択した枠組みの中」に居ます。しかし、自分が予測可能なものしか信じないということは害悪です。もっと言えば、予測可能と信じることこそが奢りであり勘違い。

ベル型カーブにもとづいた不確実性の測度は、急なジャンプや断絶が起こる可能性とその影響を単純に無視してしまう。だから、果ての国では使えない。-「ブラック・スワン」

実際僕らが生きている世界が月並みな国などではなく果ての国であり、ランダムです。20/80の法則が生きる世界であるし、乖離一単位がとても大きい。それは関東大震災、遡れば阪神大震災もそう、リーマン・ショックなんかが起きて大混乱した記憶を引っ張り出してこれば容易に理解できます。

もし、年功序列・終身雇用を信じ、ここで一生勤め上げるぞと意気揚々とした新卒が居ればー未だに本当にそんな人が居るのかは知らないがーどこかで想定の範囲外のしっぺ返しを食らうでしょう。その人がサラリーマン人生を終えるまでの期間は、普通の企業のライフサイクルよりも長いのですから。

「思考する」ということ

んじゃ環境に規定された頭ガチガチの、月並みの国に住んでいると勘違いしてしまう人間にならぬためにはどうすればいいのでしょうか。
単純に、移動すれば規定される環境が多くなりその組み合わせで規定されにくくなります。でもそれだけでは足りない。もうひとつやるべきは、思考することです。
ここで僕が使う思考することの定義は、自己否定し未来を想像することです。

知識は過去、思考は未来!-「自分のアタマで考えよう」

知識は基本的に過去のものです。過去に起きたことで、歴史学者の言う歴史の論理というのは実はその過去を分析したもの。別にだからって歴史学者は不要だとか、文化人類学は意味がないと言うわけではありません。
その過去がある前提で、未来はどうすればいいのだろうかと考えることが大事であるし、その行為こそが思考するということなのです。
先入観は環境に規定された思考・価値観であるし、知識です。その知識から導き出される予測できる未来を信じるのもいいですが、その点を否定し、んじゃこれからどうなるんだよと考えるべきです。

例えば、現地採用の未来なんかも一見予測可能です。今まで数十年間に限らず、たくさん日本人が実際海外で職を得に出ていたことでしょう。それは否定されがちです。フリーターブームやノマドブームと一緒くたにすれば容易に否定的な未来を描くことが出来ます。確かに、過去にふらっと現地採用やりに海外行って何も得ずに帰国して次の職も得られない、またふらふらするという人も数多いらしたことでしょう。
しかし、思考するとは歴史や過去の分析を前提に、んじゃ現地採用としてイケてるキャリア、人生ってなんなんだろうか、それを実現するにはどうすればいいのかと考えることです。それが思考するということです。

だから、思考しよう。

参考文献

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