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2014-11-19

【書評】全現地採用・駐在員が読むべき問題提起の書「オリエンタリズム」

久々にガツンと来る本を読みました。これは全ての海外で働く人が読むべきである、と断言できます。

著者はエドワード・サイード氏。パレスチナ系アメリカ人であり、植民地支配の惨禍に遭った人物です。

本書を読んでいると、なにか彼の怨念のようなものを感じます。67歳に亡くなるまでパレスチナ問題に対し主張し続けていたようです。
そんな彼の著作のひとつが「オリエンタリズム」。本書での主張を一言でまとめてしまえば、「アジア、特に中近東への誤った認識、妄想がヨーロッパの植民地支配、帝国主義を正当化した」ということ。

オリエンタリズムとはなにか

オリエンタリズムの定義は本書の記述に譲ります。

オリエンタリズムとは、オリエント的事物を、詮索、研究、判決、訓練、統治の対象として、教室、法廷、監獄、図鑑のなかに配置するようなオリエント知識のこと

オリエントとは、東洋のことです。本書では特に中近東のことを表します。オリエンタリズムとは西洋人の研究対象としての東洋のことです。ただ著者も指摘している特徴としては、オリエンタリスト(研究者)に「オリエントを威圧する西洋の権力」というフィルターがかかっているということです。

具体的に言うと、その認識には「オリエンタル(東洋人)は従属的性質を持っており、支配されるべきである」というものが根底にあり、「前ニュートン学説的」であるがゆえに、「ニュートン学説後の世界に生きる人間のなるべきことは、・・・(中略)・・・『ひとつの国際秩序を構築すること』であるというもの。

この異国性なるものを取り扱う思考様式こそが、彼の言う「誤った認識、妄想の集積」なのです。本書では、ダンテやホメロスの時代から遡り、その膨大な陳述を一貫して支配するオリエンタリズムの構造を分析・解明し、批判しています。なんというか、彼のその怨念ともいえる情熱を感じる一方で、西洋の歴史を横断しているオリエンタリズムの強大さにも圧倒されてしまいます。

日本人のオリエンタリズム

詳細は1000ページに及ぶ上下巻を是非読破して確認して頂きたいのですが、この限られた紙面で僕が提起したいのは他でもなく、「日本人も他アジア地域の人に対して、こういうフィルター持っているよね」ということ。言うなれば、日本人のオリエンタリズム。もうこれだけでご理解頂けるかと思います。

無意識に他アジアの人を軽視の対象として外側から見てしまう「潜在的オリエンタリズム」。それを感じたことがない方は、いらっしゃらないんじゃないでしょうか。オリエントとオクシデント(西洋)という力の相対関係を示唆する対立項を設定し、また、そうすることで自分のアイデンティティを再認識する。僕はもう読んでいる途中、目を背けたくなりました。

実は本書のテーマは「我々は異文化をいかに表象することができるのか」と抽象化できるように存じます。
ちなみに本書はその答えが記されないまま、終わられています。

はっきりした文化(人種、宗教、文明)という概念は有益なものであるのかどうか。あるいは、それはつねに(自己の文化を論ずるさいには)自己讃美か、(「異」文化を論ずるさいには)敵意と攻撃とにまきこまれるものではないのだろうか。文化的・宗教的・人種的差異は、社会 = 経済的・政治 = 歴史的カテゴリーより重要なものといえるのだろうか。観念とはいかにして権威、「正常性」、あるいは「自明の」真理という地位を獲得するものなのだろうか。知識人の役割とは何であるのか。

多分僕らがやるべきは、本書を読んでこのといについて自問自答し続けながら働くこと。どうせただ一つの正解なんて世の中にはまだありません。

考え続けろ。これがサイード氏が言いたいことだったのだと、僕は解釈しています。

言いたいことが多すぎると書評を終えることができませんので、一言だけ。
読了してみて断言できます。全ての現地採用・駐在員は買って読め。
Kindle化はされていませんしこれからもされることがないでしょうが、ipadで自炊書籍として読めます。読んで下さい。
僕も折に触れて読み返し、原点に戻ります。

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