toggle
2014-08-15

僕が移住するときのたったひとつの譲れない基準

Medium 518287957
photo credit: louisiana via photopin cc

つい最近、他国移住を考えているというご夫妻にお目にかかりました。たまたまお二人が検討しているのはなんと僕が最近まで居たジャカルタだったのですが、その時の移住判断基準が僕のものとはまた違ったものでした。

これはおもしろいと思ったので、ここに僕の移住の際のどうしても譲れない基準を書いておきます。

0 : 大前提としての、仕事

譲れない基準の前に議論する余地もないくらい大前提なのは、仕事です。僕はまだ25歳(本記事執筆当時)であり、今仕事がんばらなくていつがんばるという年齢です。なので最優先事項は、そこに自分が想いを持てる仕事があるのかどうかです。

仕事があるかどうかわからないけど、あの国に住んでみたいから考えてみる、という段階ではありません。もちろん、ジャカルタに出る時はそうでした。とにかく海外でのキャリアを積み始めるために強引に出る、出てから考える。でもそういう気持ちは今はそんなに強くないです。

もしかしたら、もう少し歳と仕事経験を重ねていけば考えも変わるかもしれません。たとえば前述のご夫婦のように、結婚したら、子供ができれば学校に通わせないといけない。そうなれば、ライフスタイルの優先順位が極めて高くなるでしょう。

しかし僕はそこまで余裕があるわけではありません。とりあえず目の前の仕事に没頭する、そこから光明を見いだすことがやることです。
幸いにも、今やっている仕事は自分の想いに今までで一番近いです。それは本当に運が良いのでしょう。

譲れない基準:その都市は空が広いこと

長い前振りの後に語る譲れない基準というのは、こちら。住んでいる都市の空が広いことです。

肩すかしをくらったかと思いますが、やっぱり僕は空間として開けている場所に住んでいたいです。なぜなら、たまに広くて青い空を見ると、そこで自分は生きているということを実感できるからです。

僕が数年前住んでいたのは、菊名というところでした。その駅は横浜渋谷間で特急が止まるという抜群な交通の便。実際よく足を運んだのはどちらかというと、やはり横浜でした。
というのも、横浜は空が広い。特に海の近く、桜木町とかはキュンキュンしたものです。山崎まさよしの曲で出てくるし。赤レンガ倉庫の紅茶屋さんとか懐かしい。天気が良い日は青空が広がっていて、そこにいるだけで心が洗われるようでした。逆に渋谷へ行くときは人混みを想像して少しせかせかした心持ちになったものです。

ちょこちょこ広い空の下に出ないと息が詰まりそうになってしまいます。ずっと建物、電車、車、ビル群の間に居ると生きている心地がしません。

反対に、最近まで住んでいたインドネシアのジャカルタという都市の空は狭かったです。それもそのはず、超経済発展途上だったため高層ビルが建ち並び、超車社会のため常に車の中でした。
自分の可処分時間になるはずの時間が、車の中でただ消費されていくのに耐えられたのは、僕が当時23歳で仕事も背水の陣で臨んでいたからでしょう。こんなことを振り返って言えるようになったのも少しは余裕が出てきたということでしょうか。

ちなみに今住んでいるセブの空は広いです。お気に入りの場所はAyalaというショッピングモール。理由は、緑が多くて開けた設計の建物だからです。Fitness Firstも空間だだっぴろいし。行こうと思えば気軽に島や海に行けることも魅力です。一日くらい広い海でぼーっとしていたい。

なんてことのないように思えますが、案外この条件を満たしていないために選択肢から除外される都市はちょこちょこあるはず。

正直自分は移住の条件はかなり少ない方だと思います。いうてみれば、やりたい仕事があることと、開けていることだけなのですから。
でも歳を重ねれば条件はもっと増えていくでしょう。食事、住環境、仲の良い友人がいること、道綺麗じゃなきゃヤダetc…

きっとそういう自分の内面の変化と、現実をどう対応させていくのかにも心を砕くことになるかと思います。30歳になるとき、どう考えているのでしょうか。
それもひとつの人の人生。ああ、人生。そういう変化も苦しみながら楽しみながら柔軟に生きていければいいなあなんて思うのでした。

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。