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2014-06-07

京都の山奥で1日10時間、10日間で100時間瞑想するヴィパッサナー瞑想修行に行ってきた

Medium 6105356477 photo credit: AlicePopkorn via photopin cc

ヴィパッサナー瞑想という10日間に渡り話しも読み書きも一切禁止の瞑想修行のために、京都の園部へ行って参りました。人生で初めて修行というものを体験しましたが、色々衝撃だったのでここにシェアします。

メモも一切禁止であったため、完全に記憶を頼りにして書きます。もし記載に語弊等ありましたらご指摘下さい。写真もないですし、詳しい瞑想法を未経験者に教えるのは禁じられているため、感想を羅列するだけの体験記です。

2500年の歴史を持つインド最古の「ヴィパッサナー瞑想」

この瞑想法は、25世紀前にゴータマ・シッダールタによって再発見された、インドで最も古い瞑想法のひとつです。ヴィパッサナーとは、「物事を客観的に観察する」の意。

上述のように、戒律で先生でない修行者が未経験者に教えることは禁じられています。詳しくは、下記の書籍を読んでみてください。

当日参加するまでは「宗教的なsomethingだったらどうしよう・・・」と一抹の不安が頭の片隅にありました。実際全然そんなことはなくて、逆に瞑想法がとても合理的で筋道が通っていることに驚きました。

この瞑想法の背景にあるブッダの考え方は、極めて現実主義です。合掌することもなし、礼をすることもなし、トランス状態で恍惚感に浸ることもなし、神を信仰することもありません。ただ、ひたすら目の前の現実を客観的に観察することで、心を鍛える。 だから効果がわかりやすく、実感を得ながら修行ができました。

やはり25世紀の間という時間に耐えうるだけの普遍性を持ち合わせているのだなと思いました。 おもしろいのは、仏教徒ではない、異教徒の方でヴィパッサナー瞑想を受講している人も世界中に数多くいるということです。それゆえ宗教抗争にも巻き込まれず、2500年もの間残り続けてきたのかもしれません。

1日10時間、10日で100時間瞑想し続けるという凄まじさ

下記、一日のスケジュール。

4:30~6:30 瞑想
6:30~8:00 朝食休憩
8:00~11:00 瞑想
11:00~13:00 昼食休憩
13:00~17:00 瞑想
17:00~18:00 夕食
18:00~19:00 瞑想
19:00~20:30 講義
20:30~21:00 瞑想
21:00~ 就寝

誰もが突っ込みたくなるでしょう。「どれだけ瞑想するんだ」と。

Hibilogの青木さんもブログで触れているように、正直、想像を絶した。僕は現代っ子なのであぐらで座って生活したことなんてほとんどありませんし、あっても何分単位です。身体もガチガチに硬いです。

それなのに、いきなり一日10時間座禅を組み続けることを要求されます。30分くらいするともう股関節とお尻が悲鳴をあげ、精神集中していても思わず気がそれそうになります。でもそれでいいんです。「気が逸れるのに気がついたら、また集中し直せば良い」んです。

そんな1時間が一日10回、10日で100回です。想像できるでしょうか?この壮絶さ。2日目の講話のときに、「逃げたくても物理的に逃げられないので諦めてください」というようなことを言われ、「ああ、もう覚悟を決めないといけないのだな」と思ったのが懐かしい。

それに、10日間一言も人と話してはいけない、Twitterもブログもできない、メモすらできない、人と目を合わせることもできません。これも凄い破壊力です。そんなの人生でこれまでやったこともありませんでした。

あとやってみると分かるのですが、瞑想しようとすると、もう雑念が入る入る。なんぼ集中してもすぐ「ああ、あれをやらないといけない」とか「将来はこんなことがしたい」とか「昔ああしておけばよかった」など思考がそれます。

師いはくこれは万人の心の習慣になっており、それが普通だとのこと。そんなもんなようです。でもこれを矯正できればそら集中できるわ。だって、「集中力を阻害するのは雑念」でしょう。

最初の3日間30時間精神集中の訓練をするので、4日目からのヴィパッサナー瞑想法の訓練にも導入しやすかったです。4日目から60時間はこれにあてられることになります。改めて書いてると数字の感覚がわかりません笑

玄米菜食2食、夜空の綺麗さ、譲り合いの精神

こんな厳しい修行の合間にも、ご飯の時間や休息の時間(休み時間)というものがあります。朝ご飯昼ご飯はおいしい玄米と菜食のスープが出てきます。これがもう身にしみる。超うまい。

ちなみにすべてボランティアの方からserveされています。泣きそう。おかげで4kg痩せました。セブに行っても玄米生活続けようと思います。

休息の時間、寝てもぼーっとしてもいいのですが、夕方ごろの落ちる前の陽はとても印象的でした。綺麗な緑色をした木々の背後から日が射していて、それは神々しくもありました。

もうひとつ休息の時間で特筆すべきは、夜空の綺麗さ。晴れているときはとても綺麗な星空が見えました。1年間東京に、2年間ジャカルタにいた僕が星空というものをほとんど最近見ていません。なので、余計に感動したのでした。思わずずーっと見上げていたなあ。ほうじ茶飲みながらの星空は別格。ちなみに朝は朝露が見れました。趣がある。

シャワールームも3つのみ、洗面台も4つのみで30-40人がシェアするのですが、みんな見事に譲り合って生活していました。僕はこのとき、ああ、譲り合いの精神って言葉もアイコンコンタクトがなくても実現し得るんだな、と密かに感動していました。

注意事項

参加して思ったことなど。 できれば、長時間座りやすいお気に入りのクッションか、正座用座椅子を持参して行った方がいいと思います。あまりに痛過ぎると瞑想もままならない方もいらしたようなので。ちなみに、高さのある正座椅子か、座禅用クッションがオススメ。

また、着替えも2週間分あると手洗いも減るので楽です。洗濯機がなく脱水機と洗濯板、バケツのみ。手洗いも楽しいですが、労力を減らすには着替えを持参するしかなさそう。

あとこれとても大事なのですが、僕の理解では10日間コースに参加したから人生が劇的に変わるものでもないです。もちろん今従来にないくらい超頭スッキリしますし、これは自分にとって大きなターニングポイントになるかもしれないとさえ思います。

しかし、この10日間は始まりに過ぎません。これから毎日朝夕1時間ずつヴィパッサナー瞑想を実践し続けることで長期的に達成されるものなのです。いうなればこの10日間は、ヴィパッサナー瞑想法を習得するための期間。

終えてみて:イメージと言葉が溢れ出る

今、とっても頭の中がシンプルです。頭の中に何もない状態で、今この記事を書いている間も何もないところからイメージとそれを形容する言葉が溢れ出る感覚を覚えます。正直あまりにも溢れてくるので、タイピングする手が追いつかないくらいです。

きっと「いま、ここ」に集中するというのはこういうことなのでしょう。余計なことも情報も頭の中にない。集中する対象のイメージだけが頭の中にある。あとはそれを形にするだけ。アウトプットしようと思うとネットで調べたりしないといけないのですが、本質的には「インプットを絞れば絞るほどイメージ豊かになり、アウトプットができるようになる」のかもしれません。

また、コース中これでもかというくらい自分の内を客観的に観察してみて、ほんとになんというか、無常だと痛感しました。世の中は常に移り変わっていくし、それは自分もそうです。だからこそ何かに執着したり、渇望したり、嫌悪を抱く必要なんて全くない。

必要なのは、ただ心の平静を保ち、目の前の現実を客観的に観察することなんですよね。ほんとに。 これからが修行の始まりなのであえて人生が変わったとは言いませんが、きっと大きなきっかけになったんだろうなあと思います。

ヴィパッサナー瞑想はコース受講後も毎日朝夕合計2時間続けることが大事とのことです。習慣化するまで続けようと思います。 自己啓発書とか読むくらいなら、京都行ってコース受講してその後も瞑想継続する方がよっぽど人生に良い影響を与えられると思います。結構本気でそう思っています。それほど普遍性のある行です。

あと余談ですが、コースでずっと隣りに座っていた方がこのブログを読んだことのある方だったとか、最後話したお兄さんがウズベキスタンビジネスで有名な知人のお友達だったとか、やはりここに来ても世間は狭いなあと痛感しました。w

最後になりましたが、ヴィパッサナー瞑想を知るきっかけになったMATCHAの青木さん、コース運営してくれた奉仕者の方々、コース一緒に受けた皆さんに感謝。

とても厳格な戒律の元、伝統的・古典的で極めて厳しい瞑想修行を行うヴィパッサナー瞑想。10日間めちゃくちゃ大変ですが、その分返ってくるものも大きいです。 読者のみなさんも、もしお暇あれば是非行ってみてください。全然スピリチュアルじゃないのでとても納得しやすいですし、とても大事な機会になると思います。

参考文献

↑コース後にも正式に推薦されていた書籍。コース受講前後でも、学びがあると評判です。

↑モノは違いますが、セブ島での瞑想用に買いました。

↑おいしいお茶飲むならおいしいお湯で、ということで愛用しています。

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