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2014-02-22

なぜブログというものはおもしろいのか

今回小難しいので、土日に更新します。

ブログっておもしろいです。こういう話するときっと自己満足でしかなくなってしまうので、あまりしないのですが。

なんで僕にとって、ブログってそんなにおもしろいんでしょうか?
それは、ブログって他の人達のミームを借りてきて、自分の独自のミームに昇華する作業だからです。

お前は何を言っているんだ

以下、いつも通り説明しますよ。

遺伝子の特性

リチャード・ドーキンスは自著「利己的な遺伝子」で、文化的伝達と遺伝的伝達は類似していると書いています。遺伝子の特性とは、いわゆる自己複製子、自己複製によりコピーを創り出すこと。3、40億年前、原始のスープの中から、自己複製子が生まれました。

しかしその複製も完璧ではないので、中には変種が出現し、長生きをするものが出てきました。自己複製子が増えてくるとスープ内の構成要素になる分子はどんどん使い果たしていき、ライバル変種の分子を科学的に破壊する方法を発見する方法を見出した自己複製子も居ました。自らの周りに壁をつくり、身を守る術を編み出した者も。

彼は、最後に生き残ったのが、そうして自分の容れ物、存在し続けるための場所、生存機械(Survival machine)をも作り始めた者たちではないかと書いています。それが、最初の生きた細胞のことだと。

で、ミームってなんだ

自然淘汰はこうして行われてきたわけですが、彼は人間文化の伝達に関しても同じ構造があると指摘しています。ちなみに、ここらへんで大学1年生の僕はゾクゾクさせられました。ちなみに、一番最初にその存在を知ったのは、ミームの死骸を待ちながらというアルファブログでした。ご無沙汰しております。

広く拡散することになる宗教、旋律、絵画、技術などのアイデアは人間の脳みそというスープから生まれた、自己繁殖可能な自己複製子でした。それを、模倣に相当するギリシャ語からとってミーム<meme>と名付けています。

人類の間で広く受け継がれてきた旋律、宗教、絵画、技術etcは結果的に繁殖力のあるミームでした。それはある人の頭の中から、他人の頭の中に自己複製し、どんどん拡散していったのです。それは元々は一種の突然変異でしたが、一部はミーム・プールの中で他のミーム以上の成功を収めたのでした。

例えば流行っている歌とか、昔から語り継がれている物語、技術、有名な絵画、古典・・・。すべては結局、自己繁殖力に非常に長けているミームだったということです。

ブログとミームの関係

インターネット登場後のブログって同じことがいえるな、と思うんです。

本を読んだり、人の話を聴いたり、自分が経験したことを話して返ってきたフィードバックだったり、単純に自分が感じたことであったり。このブログも、その組み合わせで成り立っています。

それらは僕にとっては自己繁殖力のあるミームであったわけで、それを組み合わせてkanchan_r独自のミームを作る。それがこのブログなんですね。そしてたまに自己繁殖力のあるミームが生まれ、響く人には響き、また拡散されていく。もしくは響いた人の中に残り、また新たな独自ミームが生まれる。

そういう意味では、インターネッツはやはりスゴいんだなあと思います。だって、これがなければ、これほど自由に人間同士のミームが行き交うことがそもそもままならなかったのですから。というかそもそもインターネッツそのものがミーム・プールか。

例えば、なぜ南米のインカ帝国は西暦1520年時点で、文字を持たなかったのか?それは、それは文字の発祥地から遠く離れ過ぎていたからです。

ジャレド・ダイヤモンドは、文字はすべてが0から創造されたのではなく、最古のシュメール文字の発祥地からなんらかのカタチで借用されて作られたのだと指摘しています。

さらにいえば、今後長く使われることになる技術とは、新旧の技術が組合わさったものです。グーテンベルクが聖書を印刷した1455年以降に活版印刷が爆発的に普及した理由と、無名の人が紀元前1700年にファイストスの円盤を作製したときに普及しなかった原因というのは、利用できる他の技術の有無でした。

インターネットのおかげで世界はフラットになりました。距離をなくし、いつでも他者ミームにアクセスできるようになったのです。スゲエ。

ブログとは、インターネットという新たなカタチのミーム・プールや旧来の活版印刷技術から成る本を読むこと、人から話を聴くこと、体験すること、その自己繁殖力のあるミームの組合わさった独自ミームです。

その意味でもとても興味深いですし、どこかで僕もそういう自己永続力のあるミームを生み出せたらなあなんて、思います。

参考文献

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