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2014-02-09

人が苦手で自分ができることをやる、あるいはその逆のこと。

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このブログでも何度か主張していることですが、僕らはインドネシア人の人々ができないことで自分達ができることに集中すべきだと思います。

砕いて言うと、目標達成のために日本人として僕らができることで彼らができないこと、またはインドネシア人として彼らができることかつ日本人の僕らができないこと、です。分業ですね。今日は分業がいかに大切かを説きたいと思います。

男女における分業・専門化

まず始めに、分業と専門化は、先史レベルから人類が行ってきたことです。

例えば、スティーブン・クーンとメアリー・スタンナーによれば、50万年前のホモ・サピエンスの狩猟採集社会に初めて男女の分業・専門化が行われたそうです。

男女が分業した方が合理的だったわけです。女性はカロリーとなる炭水化物を採集し、一方男性は貴重なタンパク質を持ち帰る。男性はシカを殺し損なっても次の食事を心配しなくても良いし、女性は余分に働くことで自ら追い求めなくても良質のタンパク質が手に入ります。そのおかげで、男性は心置きなく狩りに出られ捕まえられる可能性が上がり、両者とも結果的に、経済的に得をするのです。これは人類最初の交換だと、著者は言います。

男女の間で専門化・交換を行えるようになったアフリカ人は、集団の内部、あるいは集団同士で専門化を始めます。

四万年前にユーラシアでホモ・サピエンスとネアンデルタール人が出会ったとき、この分業・専門化が、前者に生態的優位性をもたらしたと、彼らは言います。
男女がお互いにできることを見つけ分業したこと、それは労働の交換であり、集団的頭脳を使うということに他なりません。

農耕社会の分業化と狩猟社会に対する影響

また、その後の農耕社会では、分業・専門化ができる社会は、狩猟採集生活に対し優位性を発揮できるようになります。

人類は一万一千年前頃、初めて動植物の栽培化・家畜化に成功しました。それによりより多くの食料を生み出せるようになり、狩猟採集社会よりもより多くの人口を養うことができるようになります。
そうなれば当然定住生活ができるようになり、おかげで余剰食料の貯蔵と蓄積をも可能にしました。

その余剰食料は食料生産に携わらない人々をも養えるようになります。王族とか官僚などの政治的エリートですね。ここでもやっと社会が形成され、分業が行えるようになりました。

狩猟採集社会は世襲制の王が存在しない比較的平等で小規模な社会でした。身体が健全な者はみんな狩猟にかり出されるからです。是に対し、余剰食料のある農耕社会では、食料生産以外の仕事を専門的に行う人達を生み出しました。

政治エリートが自分の時間を政治活動に費やせるようになると、中規模な農耕社会では首長が支配する集団が形成されました。大規模な農耕社会では王国もできるように。
この分業化はやはり結果的に、狩猟社会を凌駕することになります。単純に、構成員の平等を主とする狩猟採集民よりも征服戦争を継続することができたのです。

もっと言えば、食料の貯蔵・蓄積により僧侶という職業も創り出し、彼らはその戦争に宗教的な正当性を与えることが出来ました。また、刀剣や銃器などの製造・開発を担う金属加工職人、その時代を書き残す書記官ですらも存在することが可能になります。これはすべて分業化された社会が可能にしたことであって、もし分業・専門化を思いつかなければ、ずっと食料生産にすべての労力を費やさなければならず、大規模社会は存在しえなかったのかもしれません。

日系企業インドネシア支社における分業

2つ例出しましたが、組織は分業によって生産性が上がります。それはインドネシアで働くということにおいても同じアナロジーだと言えます。

せっかく同じ組織に日本人とインドネシア人が居るのだから、それぞれにできることを分けて考えた方が、よっぽど生産性が上がります。それは先ほどの、狩猟採集社会で全労力を同じことに投入することよりも、農耕社会で余った労力を別のことへ投入した方が結果的に組織は大きくなり、社会化されるということと同じ。それぞれが自分ができること、他人ができないことを考えて分業化することにより、集団的頭脳を活用できることにもなるのです。

単純に考えると、インドネシア人と関係作りができるのはやはりインドネシア人であるし、日本人と関係作りができるのは日本人です。結局日本人は日本人から買いたいですし、インドネシア人はインドネシア人から買いたいのです。

もちろん英語・インドネシア語ができればコミュニケーションは取れますが、対面営業になると、いかにユーザーにストレスを感じさせずに話すかというのは考えるべきことです。日本語ペラペラのインドネシア人でも、インドネシア語ペラペラの日本人でも、ノリや価値観、空気感というのはネイティブに敵いません。ネイティブがネイティブたるゆえんは、共有した背景にあるのです。

人類は50万年も前から、男女の分業化・専門化に始まり、農耕社会で生み出した余剰食料による分業化をし、自らの社会を進化させてきました。

それは現代になってももちろん同じで、分業化できる組織が生産性を上げることができるのです。せっかくインドネシア人も日本人も居るのだから、それぞれができること(かつ相手ができないこと)を考えて、仕事をする方が、組織として生産性が上がります。それで利益が上がれば、どんどんさらに分業化し組織は成長するでしょう。

このように簡単に言いますが、言うは易し行うは難し。僕もこれを念頭に置きながら、最善の仕事の仕方を追求しようと思います。

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