インドネシアに骨を埋める覚悟で現地採用をやるべきか否か

2013 12 28 11 03 28

現地採用として国を変えて働くにはある程度腰を据えてやるだけの覚悟が必要だと思っています。だからといって、行った国にどっぷり浸かり、骨を埋めるくらいまで居るべきなのでしょうか?

決してそんなことはありません。なぜなら、住んでいる土地やコミュニティというものは、そもそも自分個人が身を捧げるようなものではないからです。それより、適度に関わりつつ、自分がやりたいことや価値があると思うことに身を燃やした方が人生よほど有意義です。

一般的に、日本では3年はひとつの会社に勤めなさいと言われています。10年やって半人前、20年,30年やってやっと一人前、というような考え方もよく耳にします。確かに古き良き産業、製造業などではそうです。専門知識は積み上げなので、10年はやらないと一通りわからなかったり。だからこそひとつの会社一筋で来た人もたくさん居ます。

重厚長大な産業に居るのにも関わらず、2年ごとに国を変えて現地採用をしたいというような20代前半現地採用なんかは、根無し草フラグがビンビンに立っていることでしょう。

また、外国での日本人社会対しても同じようなことが言えます。郷に入っては郷に従えというように、そのコミュニティにどっぷり浸かる方が色んな人と知り合いになれて、楽しいかもしれません。土日はゴルフする仲間もできるだろうし、ふとしたときに遊びに行く友達も増えます。長く居れば居る程どんどんそのコミュニティの重鎮となって、新しい日本人を迎え入れる、というような役割になる方も居ます。

このように日本人社会はその名の通り、れっきとした社会でありコミュニティです。特に日本人ですし、そういうところに身をどっぷり置く方が色々楽しいかもしれません。

ただ、どうしても、自分個人が具体的な地域・コミュニティとにどっぷり浸かりまくるということに違和感を覚えるのです。もうそんな時代じゃなくね、と。僕にとってこの感覚は、単純な好き嫌いなんだと思います。コミュニティ特有の同調圧力とかそういうのが昔から肌に合わないのです。自分が残念です。
特に、他人からその中のしがらみの話を聞いたときなんかはそう思ってしまいます。愚痴とか陰口とか。海外来てまでそんな嫌な思いするくらいなら、自分を貶めるくらいなら、いっそそこから抜け出て自分がやりたいことをやりたいようにやりゃあいいと。そういう人ってなかなか抜け出せないみたいなんですが。

ノマドの大石さんとアップルの松井さんの共著で、彼らが素敵なことを言っていました。

日本の発想だと、関わるということは、身もすべて捧げますというか、その地域に自己を同一化させちゃう。・・・(中略)・・・自分のアイデンティティを一体化させる対象ではないと思います。-10年後の仕事のカタチ10のヒント

モヤモヤしていたところをピシャリと言い当てられた気がします。

別にインドネシアに現地採用で来たからといって、そこに骨埋めなくてもいいんです。10年はやる覚悟を持って最後には起業なんかしなくてもいいんです。さすがの僕も自分が身を置く業界なら3年は最低やらんと使い物にすらならんな、と実感値で思っていますが、なにか武器を身につけているなら、稼ぐコアスキルがあるなら遠慮なんてしなくていい。もちろん稼ぐ腕がなければ、あっという間に根無し草になりますが。

なぜかわかりませんが、5年くらい前から、これからの若い人はどんどん自分で地域を移動しながら仕事をして生きていくような世の中がくるんじゃないか、と思っていました。で、日本で社会人1年目が終わる頃には我慢できずに出てきてしまったのです。

これから現地採用なんかで海外に働きに来る人も、もちろん腰を据えて今の自分がやるべきこと、つけるべきスキルを意識しつつ、時が来たと感じたら思い切って国替えするのもアリだと思います。現地採用なんかやる人ってそもそも旅が好きだったり、飽き性で一所に留まりたくない人が多いですしね。

僕は当分インドネシアでやりますが、10年後とかはわかりません。考えてもわからんので考えたこともありません。自分の居る地域やコミュニティよりも、自分が価値を置くことややべきこと、できることを優先的に勘案して生きていきたいです。

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profile 著者:神農亮(Ryo Kanno)( @kanchan_r )
2014年5月までジャカルタで現地採用→6月よりフィリピン・セブ島の語学学校サウスピークで海外就職サポートの仕事をしています。ご相談お気軽に!
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