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2013-11-24

現地採用としての在り方を論じるということ

Medium 2078765853
photo credit: Thomas Weidenhaupt via photopin cc

先日Facebookで久々にジブンゴトを投稿したら、友人からこういうコメントがありました。
「@kanchan_r は現地採用の在り方を探求している人だ」
自分のことは意外と他人がよくわかっているものです。表現がドンピシャ。なので、少し考えを巡らせてみます。

僕は、現地採用としてこうあるべきである、という言い方をよくします。でも、現地採用全員がこうあるべきであるという普遍的な原則なんてありません。なぜなら人の在り方なんて元々人それぞれであるからです。しかも世の中のだいたいのことはこのグレーゾーンに到達する。これは僕も以前言及しているし、ちきりん女史も言っているそうです。

それって人それぞれだよね、ケースバイケースでお願いしますっていうのはその先の着弾点に対して考えることを放棄している。 
「人それぞれだよね」の世界で生きていくとはどういうことか Keep Rockin’! BRO!

僕はせめて自分はこうあるべきなのだと言いたいのです。なので、このブログのターゲットが誰かと聞かれれば、過去の自分です、と答えます。過去の何も知らない自分に対して、今の自分はこうあるべきだと思っている、と言っているのです。そしてもっといえば存在証明

それがたまに、同じように現地採用として働いている人に共感を呼ぶときもあれば、全然関係ない人からそうではない!と言われたりします。前者の場合は結果論としてとても嬉しいです。でも後者は論破したいだけだったり、ストレス発散したいだけだったりします。自分の意見もなかったり。なので大体スルーです。

自分でこうして名前出して書くのにはそういうくだらないリスクもあります。でも、

んで何も他人がどうすべきかなんて大それたこと言わないんだけど、自分はどうするのか?ともう一歩思考を進めたい。自分はどうすんの?の積み重ねが自分の世界観を創るのであり、それこそが生きるということです。
 -「人それぞれだよね」の世界で生きていくとはどういうことか Keep Rockin’! BRO!

だからひたすら地道に書いています。

でもなんでそう思うの?と聞かれれば、それはもう自分がそう思うからだ、と答えるしかありません。それはこのブログのタイトルにしているような精神が根本的に流れているからだ、と。

ブログタイトルは、以前住んでた横浜のシェアハウスに住んでいたときの住人から貰った言葉をそのまま使っています。自分の座右の銘というか大事な精神みたいなものをタイトルにしたかったのですが、なぜかこの言葉がめちゃくちゃしっくりきたんですよね。

大学卒業時に上京したのも、最初の職をベンチャー企業にて得たことも、今インドネシアに居ることも。大元を辿ればこの精神があるからです。
まあ思っているだけだとただの中二病患者なのでアウトプットを出すべく、こうしてここで働き、悪あがきとしてここで書いています。でも色々とまだまだ。

なんか存在論みたいな話になりましたが、とりあえず僕は今こう考えているということで。引き続き宜しくお願い致します。

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