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2013-11-05

アジア最大のモスクに行って人間の宗教性について想いを馳せる

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祝日だったので一年半年ぶりにモスクに行ってきました。久々に行くと、あまりの神々しさに、自分の宗教性に思い巡らせずにはいられなかったのでここに一筆書いておきます。

あらためて、自分自身の宗教心と向き合うことが、グローバリゼーションが進む今だからこそ必要とされるのではないか。-グローバル化の中で日本の宗教を意識できないと負ける 狐の国-

狐の国の中の人はこう書かれていました。なんとなくわかるような。
でも、そんな悲観することもないんじゃないだろうか、と思います。別に宗教いい加減でもええんやないか、と。なぜなら、ここジャカルタでも宗教いい加減な人に良く会うからです。

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写真はジャカルタの、アジア最大のモスク。

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僕も日頃からイスラム教の人とキリスト教の人と共に仕事をするし接しています。一般的には、ムスリムっちゃあ豚肉絶対食べちゃいけないし、一日に何回もお祈りすると思われています。なるほど、確かに敬虔な方もたくさんいます。

でも僕は実際に、宗教に疎いから馬鹿にされたことはないですし、困ったこともありません。なので、実際のところは必要性に駆られたことはないんですよね。多分自分の宗教性に疎くて敬虔なムスリムやキリスト教の人から蔑まれたり、教養がないと馬鹿にされたりすれば別なんでしょうけど。いや、むしろ僕は早くそういう憂き目に会った方がいいのかもしれない。

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インドネシアもムスリム大国ですが、ジャカルタに限っていえばめちゃくちゃ緩かったりします。というか相当に混沌としている。多くの人はご存知ないかとは思いますが。例えば、僕の友人の女性のインドネシアンは自分はムスリムであると言い張ります。でもめちゃくちゃ露出激しいセクシーな格好で遊びにくるし、断食時期も一緒にランチしてスタバでフラペチーノ飲んでました。それ、いいの?と聞いたら、うん、悪い子なの☆とか言うてました。

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もうひとつ例を出します。もうひとりもムスリムの女性ですが、いわゆるパーリーガール。親に内緒でクラブ行くしお酒も飲む。地元ではおとなしくジルバブ被ってますが、ジャカルタに遊びに来るときはそんな感じで、その際は決してFacebookに写真をあげてはいけないというタブーがありました。どっかでタグ付して親や友人にバレたらあかんですからね。

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僕がジャカルタに来て衝撃を受けたのはこういうことでした。世界中の人々はみんな宗教に対し真面目かと思いきや、結構いい加減な人たくさんいんじゃんと。他の国は知りませんが、ジャカルタに限っていえばかなり緩い。インドネシアで一番の経済発展区域で金持ちも多いですし、お金があれば外国の情報も入ってくるし、留学もします。そうなると、おもしろそうなことたくさんありすぎて我慢できないのかも。そういう事例にめちゃくちゃ遭遇するんですよね。

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だから日本人が宗教に疎いからといって、そう悲観的になる必要はないんじゃないでしょうか?もちろん、この行為は神道から来てるとか目上の人への尊敬の念は儒教であるとか知っていた方が話のネタになりますが。そういう話のネタも教養のひとつ。

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なんかとっても不真面目な結論ですが、ジャカルタの宗教のいい加減さを垣間みて思ったのでした。意外と世界はいい加減に回ってるんじゃないかって。という、いい加減な自分への自己肯定。

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おまけ

ここから先はおまけ。ジャカルタのアジア最大のモスクの隣になぜかある、教会。

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これもかなり良い。ここだけヨーロッパみたい。

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よく考えれば、モスクの隣に教会とか、それこそこのジャカルタの混沌さをよく表していて僕は好き。

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