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2013-10-16

「人それぞれだよね」の世界で生きていくとはどういうことか

Medium 4339705637
photo credit: ecstaticist via photopin cc

「でもやっぱ最後はひとそれぞれだよね」っていう言葉を聞く度に腹の底から湧いてくる何かに気付きます。なにより、それって間違いないんだけど事実言ってるだけやんね、と。
それって人それぞれだよね、ケースバイケースでお願いしますっていうのはその先の着弾点に対して考えることを放棄している。

んで何も他人がどうすべきかなんて大それたこと言わないんだけど、自分はそうするのか?ともう一歩思考を進めたい。自分はどうすんの?の積み重ねが自分の世界観を創るのであり、それこそが生きるということです。

「人それぞれ」から一歩踏み込むには

んじゃどうやってその「人それぞれ」の段階から踏み込むには何が必要なんでしょうか?それは、なんのためにやっているのかを自覚しておくと、好き嫌いの判断基準を持っておくことです。

なんのためにやっているのかを持っていれば、多少辛いことがあったりアレこれ予想と違ったということがあっても、なんとか修正しつつ蛇行して目的地に着弾できる。そして好き嫌いの判断基準があれば、目的地までの道のりで邪魔してくる誘惑や無駄なことをさばいて最短距離に近づけることができます。

例えば海外就職ひとつにとっても、妄想ですがもしカンボジアがなんぼ無秩序で過酷であれ、彼が人がいないところでビジネスをやり先行者利益を得たければやるでしょう。多少ホテルがどうとか水汚いとか問題ではなくなります。
そこでもし賄賂が必要とされることがあっても、彼がそこはポリシーとしてやらないと心に決めているなら渡さないでしょう。そしてそれを避けて目的を達成する方法を試行錯誤するんでしょう。でもそれってもしかしたら先進国慣れしてる人がふらっと来ると耐えられないかもしれない。

人生の9割は「なんとなく」決まる。
なんて本がなぜ出ないかというと、そんなもん当たり前の人にとっては当たり前だし、悩んでる人にとっては「そんな馬鹿な!」って反感買うからなんだろうが…。
しかし、こういう身も蓋もない事を敢えてテーマにした本は必要だと思うな。
 @takuramix

目的と判断基準がなければ、作戦がなければ人生はなんとなく進みますし、考えません。それでもいいんだけど、人によっては。

目的と基準を構築する方法

んじゃその目的とか判断基準とか最低限譲れないところみたいなのはどうやってできるんでしょうか?そこはもう自分の経験・原体験の積み重ねから来ます。

結局強烈な目的意識、起業して大金持ちになりたい!とかどうしても海外で働きたい!とか秒速で1億稼ぎたい!ていうのはその人の具体的な経験から来てるんですよね。経験なくして情熱は生まれないとは誰かが言っていた気がします。言語学習のモチベーションなんかもそうで、多少頭をハンマーでゴーンとされるような凹む経験があるとめちゃ頑張れたりします。僕は完全にそのタイプ。

好き嫌いの基準も無意識に積み上げてきたこれまでの人生経験に起因します。僕はこれは好きとか嫌いとかそういう日々の感想と選択で積み上ってくるものです。僕が物書くの好きな理由は、大学1年生であのmixi(笑)で日記(笑)を書いて好評を貰って嬉しかったことが事の発端です。読書も多読派ですが、気胸で入院中に生まれて初めて大量に本を読んで頭の中に未知の世界がぐわーっと拡がったから。もっと知りたいと知的好奇心そそられたんですよね。はじめて。

こういう具体的な強烈体験がないとなかなか情熱って生まれません。目的意識とかポリシーみたいに抽象的なものって、具体的な経験から昇華されるもの。その抽象イメージを自分の手に取れるくらい生々しく凝縮してエンジンにするのは紛れも無く個別具体的な体験です。

自分の足で原体験を積み、そこから自分の価値観を抽出して、「人それぞれだよね」の世界に自分の答えを出していく。自分の世界観を創っていく。それこそが生きるということなんではないでしょうか?
僕もまだまだ原体験そのものが足りてないなーと思います、最近。なので積極的に色んなとこ行って、色んな人に話伺って、そこから自分の答えを出したいです。僕にとってこのブログがそうなれば。

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