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2013-10-13

悪あがきをしたい

Medium 2045952119photo credit: Light Knight via photopin cc

僕は若いうちは無知でも経験少なくても良いので、自分の在り方に対して自分なりに仮説を組んで尖っていたいです。

きっと年齢が上の方の方が経験もあるし物もよくご存知です。なので、なにかひとつについて論じるときも正解であることが多いのでしょう。
でも、僕はそれでも自分の少ない経験則や研究に立場を加えて、自分の在り方について自分の意見を言いたい。そしてそれに基づいて歩を進めたい。これはただのわるあがきです。
なぜなら、それこそが僕にとって自分の人生を生きるということだから。

ニワカのうちに語る

もし年齢が上だから合っている、ということがすべてだと自分がその歳になるまでその点については腹落ちしないんだろうし、理解できないということになってしまいます。それはあまりに虚しい。まだ若いのにそこまで達観して虚しさを味わうのは嫌です。

人間というのは不思議なもので、物事を深く知れば知るほど「語れなく」なっていく。
ニワカのうちに語っておけ

まだニワカだからこそ語れることというのはたくさんあります。僕は知りすぎてしまうと、語れなくなりがちです。なぜなら知るようになると穴がたくさん見えてくるから。でもその穴はその時点での自分ではまだ塞げなかったりする。勉強不足、経験不足のため。

僕はまだまだ人生ニワカです。ジャカルタにもご経験豊富な方々がたくさんいらっしゃっいますが、その方々に比べて人生ニワカもニワカ。お前みたいなのが分かった口きいてんじゃねえ、それは間違ってるぞ、そしてそれは経験がないからだ、と言われるともうどうしようもない程度に。冗談抜きで、話していてその深みに、象と蟻とはこのことかと愕然とすることもあります。

自分の人生自分で尻拭いすること

もしそれで時が過ぎ、後々にああこれは間違いだった・・・と気付いても、それはそれで自分の人生だからきっと納得します。あんだけ自分で考えて、こう思って歩いてきたんだから。それが自分で自分の人生を歩み、その責任を最後までとる、ということ。自分のケツは自分で拭う。そう在りたいです。

あ、ちなみにこれはアドバイスとか指摘を受付けないということと等しくありません。なにか考えを出す上で、他の人に意見を伺うというのは超大事。

だから今、ただの悪あがきとして、語っていたい。

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