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2013-09-28

人生設計なんてしなくていい

Medium 5973938226

先のことどう考えてるんですか?てよく聞かれます。

どうやらこのブログは一見将来のことをよく考えながら生きている人がやってるように見えるらしい。現地採用やる上で、その先のことどう考えたうえでやるのか、というのは共通の関心ですしね。

でも人生設計なんて無駄なんで要りません。どうせ計画通りいかない。

なぜなら、人間はそのときどきで自分の認識の枠をどうしても超えられないし、そんな僕らの人生は瞬間瞬間に左右されるからです。

計画の無意味性

気がついたらインドネシアに来て働いて思うんですが、ほんっとに人生計画ってその通りいきません。もう恐ろしいほどに。マジですよ。

例えば中学生のとき僕は大学にすら行くと思ってませんでした。まともに勉強なるものをすなるとしたのは高校から。

そうして入った大学も、2年生ごろは大学のコネがあるメガバンクにでも行くんだろうなあくらいにしか思っていませんでした。限られた脳みそで目一杯考えても、その程度でした。

海外インターンしてる話をネットで見掛けても、それは社会のほんの一部分の、上澄みの人がやるもんだと思っていたし、きっと海外で働く人々はみんな超絶エリートで英語ペラペラの人ばかりだと。そう思っていました。

そのときの自分は、サークルも楽しいし、平日は会社でお仕事して休日にサークルに顔だしてちょっと楽しむとかそういうのなんだろうと。ほんとにそう思ってました。

でも今の自分を見ると大学には入ったしメガバンクには入っていないどころか新卒でベンチャに就職し一年後には辞めてインドネシアに来てしまいました。恐ろしいまでに予測当たっていません。

それはもう何回も「思えば遠くまで来ちまったな・・・」と感傷に浸るくらいに。

これってたぶん、そのときどきの自分の認識の枠があって。その時点では自分が想像しうることしか考えられない。

そしてがんばって予測してみてこういう風に人生いけばいいなあと思っていても、色んな情報を摂取して人に会って話きいて考えて旅行してやってると、どんどんその計画の斜め上に行っちゃうんですよね。だから面白いんだけど。

瞬間の力

人生って計画してその通りいくほど単純じゃないんだろうということくらいは、この無い頭でもわかります。

なんで人生ってこんな複雑なのかというと、瞬間瞬間の出来事に大きく左右されるからです。

半沢直樹の小木曽人事課長なんか裁量臨店のときに新人銀行員に不正してるのバレると思ってなかっただろうし、その後口止めできたかと思いきやみんなの前でバラされるとも思っていなかったでしょう。

あれで出向しなければ、もしかしたらまた違った小木曽さんの幸せ家族計画があったかもしれないし、キャリアパスもあったかもしれません。

僕もそもそも大学の3年生後期に肺気胸になって入院していなければ、読書なんて習慣になっていなかったでしょう。

それがなければほぼ確実に上京しようなんて思っていなかったでしょうし。その後一年でインドネシアに来ているなんてこともなかったはずです。

その瞬間瞬間の出来事は小木曽人事課長にも僕にも絶対予想できなかったものでした。

かつ、それは結果論として大きな力を持っていたんですよね。人ひとりの人生予測を変える雪崩のように。全然比喩うまくない。

まあでも一応予測するということにも意味はあるんですけどね。自分の現在地を確認する作業も含まれるので、地に足着くし。

認識の枠をはみ出し続ける

人生設計しても計画通り行かない。だから、出来る限り自分の認識の枠をはみ出すように意識するのが良いです。

やりたいことがあればやってみるのがいい。一生もんの趣味になるかもしれないし、それが功を奏して誰かの役に立つこともあるかもしれない。

お返しで良いことが待っているかもしれない。それも自分の人生を良い方に転ばせるかもしれません。

人って、何回も、自分の枠のギリギリのとこからちょっとはみ出すことによって人生を進んでます。カッコいい言葉でいえば、変化といってもいいんでしょうか。だから大体斜め上になる。

なので人生を計画しない代わりの心構えとして、自分の認識の枠をはみ出し続けることを意識するのがベター。

そうすることでどんどん自分の認識の枠っていびつでも拡がっていく。そうすればどんどん斜め上にいきます。僕のここ数年は今まで以上にそれを意識していたんだと思います。振り返ってみると。

その根底には、斜め上の方がやっぱおもしろいじゃん?というどうしようもない僕らしい価値観が転がっているわけですが。ほんとどうしようもない。

でもそれでいいんです。自分の人生だから。

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