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2013-09-22

「世界の中心で愛を叫ぶ」と「いま、会いにゆきます」が泣ける3つの理由と共通点

完全なる雑記。今週土日に「世界の中心で愛を叫ぶ」の映画版と、「いま、会いにゆきます」の映画版を続けてみました。

こんなブログを書いていても以外と涙脆いので例によって号泣。

見ていてこの2つの名作に通じる共通点を見つけました。世間的にはすげー今更ですがここにメモしておきます。ネタバレありです。

1.時間は限りあるもの観

2つの映画の背景に大前提レベルであるもの。それは時間の有限性です。しかもヒロインが亡くなる。

セカチューでは長澤まさみがいきなり白血病になってしまう。そして亡くなるまでの間をどう過ごすのか、という話。

いま会いにゆきますでは、竹内結子が既に亡くなっており、梅雨の時期に急に姿を現す。しかし彼女は記憶をなくしているので、まずそこから梅雨終わりまでどう過ごすのか、という話。

人間たぶんここまで切迫した状況だと、大混乱してパニックになり、最後にはほんとの気持ちを表すしかなくなるのでしょう。なので、女優さん俳優さん達はとても人間くさい、人間らしい演技です。

その人間くささが僕を号泣に誘いました。

それにしても、インドネシアなら、乾季の間とか雨季の間ってなるのかな。結構長い。しかも多分途中洪水で家が浸水したりとかでもうそれどころではない。

2.人生の不条理さ

さきほども書いたけど、とにかく不条理。長澤まさみも竹内結子もすごい不条理に亡くなる。

長澤まさみの白血病なんてほんと誰も悪くないし、竹内結子も結局なぜ亡くなったのかわからん。

この不条理さがまた号泣を駆り立てます。なんでよ!!!泣、と。

でもそういう不条理を前には理屈もなにもなくなります。見てるこっちも事実をありのまま受け止めるしかありません。

そうなりゃこっちのもんで、一気に感情移入できます。だから良い。

映画も小説も楽しむ方法はいかに感情移入するか。

ちなみにインドネシアでも渋滞で遅刻する、とか誰が悪いかわからんけどプロジェクト進のクソ遅い、とかよく起きます。世の中ってほんと不条理ですよね。

2.後になってわかった本当のこと

そして、映画の最後では大体亡くなったヒロインがこう思ってた、とか実はこうだった、とか新事実が明らかになります。

セカチューの場合。朔太郎は長澤まさみが亡くなるときに自分に何も知らせがなく、そこからずっと彼女の死を引きずって生きていきます。でも、後になって実は亜紀が最後に渡したカセットテープが事故で届けられていなかっただけでした。

そのカセットテープ聞いて号泣。僕も号泣。

いま会いの場合。みおの日記読んで、実は高校のときから好きだったんだよ、とかみおも何回も電話しようとおもてたんだよ、ということが明らかになる。号泣。僕も(ry

この「今までこう思ってたんだけど彼女が亡くなった後にほんとのことがわかる」現象は破壊力抜群で大体映画の最後に持ってこられてます。

以上、セカチューといま会いの共通点でした。土日にこういう涙腺崩壊映画見るとストレス発散になるのでいいですね。もう、いま、会いにゆきますは個人的ベスト映画オブザイヤー。でもやはりセカチューはドラマ版の方がおもしろい。

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