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2013-09-08

世界に干渉できるのは自己否定でも自己肯定でもない、具体的な行動と結果だけだ。

Medium 5434693570

僕は多少考えすぎなところがあるし、自己否定と自己肯定を繰り返しながらあーでもないこーでもないと思索に耽るのがもはや趣味になっていて行き過ぎるときっといわゆる中二病になるんでしょう。

一時は躁鬱なんじゃね?とTwitter読んでる友人に言われたこともありました。事実は定かではありませんが、僕の頭の中はそれくらい頭の中だけで振れ幅がでかいのはもう今に始まったことでもありません。

離れて見ると、こうして考えすぎるところも自己否定と自己肯定することは人間にとっては必要でとても人間的。でも哀しいのは、自己否定も自己肯定もなんら目の前に拡がる世界に干渉できないということ。

目の前の世界に干渉できるのは具体的な結果だけだし、静かな水面に波を起こせるのは小石を投げるという具体的な行動。

自己否定、自己肯定という妙薬

自己否定や楽観主義というのはなんとも甘美な妙薬です。目に見えて結果が出ていない現状に対して、自分を納得させることができるから。ああ、俺はだめなんだ・・・と思って一晩寝れば翌日朝には忘れて何の変哲もない一日が始まる。まあどうにかなるだろ、は現状と向き合っていない。自分の頭の中で別の世界を創り出してそこに逃げ込む。そして時間が経てば忘れて結果オーライ。人間ってほんとよくできていて、こういうの自分の人生をストレスレスに生きていくための本能なんでしょう。

でも、それだけでは現状は変わらない。

生みの苦しみ

結果を出して目の前の世界に少しでも干渉するには、生みの苦しみを味わうことになります。

結果が出せない自分と向き合って、ダメな自分と向き合って。なんでダメなんだろうか?んじゃ次はどうすればいいの?と、めちゃくちゃ嫌だけど向き合わなければならない。めちゃくちゃ嫌だけど。しんどいし。自分のバカさ突きつけられるし。

仕事でもそうだし、ブログですらそうです。毎回記事をリリースするたびに自分の馬鹿さ加減と向き合うことになるので、かなり身を削られます。だからこそこのブログで書いてあることは僕自身であることに間違いはないし多少なりとも現実に干渉できているんだけども。そういう意味では、まだ頭の中だけでぐじぐじやっているだけよりも多少なりともマシなのかもしれないし、そうでもないのかもしれない。

でも具体的な結果を出すということはそういうこと。だから、こちらでお会いする会社の社長さんとかほんと尊敬するんですよ。自分でリスクを負って始めて、最終的には結果を出して今に至るわけだし。自分の腹を痛めてるんですよね。身銭切って自分のお腹いためて商売やってという行動してる時点で尊敬する。サラリーマンの自分はそこまでリスクとってないし毎月定額の給料入るし自分の腹いためてないですから。

彼らと比べると自分が情けなくなる、と言うと自己否定で逃げてしまうことになりかねないので、目の前の古都に対して粛々と取り組んで結果を出すしかないんですけどね。

静かな水面に波を起こせるのは小石を投げた者だけだし、ふぅーっと息を吹きかけた人だけです。

傍観者でなく、妄想者でもなく当事者であることを選んだのだから。自分の人生自分で干渉していくことを選んだのだから。どんどん手を動かして小石を投げまくらんといけないですね。

そして引き続き、僕のささやかな苦し紛れの一石としてこのブログも書いていきたいと思います。

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