僕らは、「知っている」と達観するにはまだ早過ぎる

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ニワカのうちに語っておけに大いにインスパイアされたので一筆。

知れば知る程語れなくなる、だからにわかのうちに語れ、というのに全面的に同意。

それにしても、知ってるって思ってる自分はほんとにそれほど「知っている」のでしょうか?知っていると思い込むのは傲慢なのではないでしょうか?

例えを出します。たまに「インドネシアの何を知っているんだ」「現地採用の、組織の何を知っているのだ」「日本的労働慣習の(ry」的な有り難いご指摘をコメント欄で頂くことがちょこちょこありました。

そらもう、知ってるわけねーじゃん。と。

全然知らないですよ。だってまだ2年目ですし。インドネシアに留学経験があるわけでもないですし。就職活動前にインドネシアンに会ったの一回だけですしおすし。にわかインドネシア好きですよ、いや、むしろにわかですらない。そのレベルです。でもインドネシア好きですよ悪いですか。

おそらく常に断定口調であることとか、こうたまにムキになるとことか、それが醸す偉そうな雰囲気がそういうコメントを生み出しているのは理解ができますが。すみません。

でも、同時に思うんです。インドネシアを知っていると思っている人はどの程度知っているんでしょうか?自身の知ってるレベルをいかに測るのでしょうか?インドネシアの島に全部行ったことがあるとか?何人インドネシアンの友達が居ると?在住歴?

識者でもない限り、多分どっこいどっこいでしょう。こんな広くて深遠な国を完全に理解することなんて不可能。そう考えると、ああ、自分はまだ知らないんだな、と思ってしまってもいいのではないでしょうか?

そうなると相手の話に耳を傾けることができるかもしれませんし、相手に考えを押し付けることもなくなりますし、アウトプットを恐れることもなくなります。

かくいう僕もそうなんです。現地採用ネタやインドネシアンと外国人として働くネタに関して、当初より書くハードルが上がってました。ちゃんと働いてみてよく知るようになってきたからなんですよね。それをきちんと体系的に網羅的に語ることなんてひとえには難しい。

でも先述の記事を読んで、改めて「にわか」として語ろうと思いました。というか大体の人がにわかなんだから、もう好きに語ればいいじゃないですか。彼も言うように、Webでなら間違いは淘汰される。だから、語りましょう。

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profile 著者:神農亮(Ryo Kanno)( @kanchan_r )
2014年5月までジャカルタで現地採用→6月よりフィリピン・セブ島の語学学校サウスピークで海外就職サポートの仕事をしています。ご相談お気軽に!
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