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2013-03-05

不安定な僕が思うあるべき「安定」について

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どうも、不安定な @kanchan_r です。新卒で入社した会社1年で辞めていきなりジャカルタとか不安定すぎる。

もりぞおさんに触発されて、僕の思う、あるべき安定思考を勢いで書き残しておく。

彼も言うが、世間では安定とは一般的に静的な安定と捉えている気がする。例えば大企業入れば今後ずっと首にもならないし安定、とかインドネシア熱いらしいからインドネシア行けば安泰とか。

でもそれって冷静に考えるとよくわからん。そんわけなさすぎるからだ。

それに対して僕は動的安定という考え方ってあるんじゃないだろうか?それは動き回った結果として傍から見ると安定している、というもの。実は生命そのものの在り方もそうらしい。以下曖昧な記憶を引っ張りだすことにする。間違いだったらごめんなさい :p

 

昔分子生物学の本で読んだことがある。人は何かモノを食べるとその分子が身体の構成分子と取って代わるという。なのに身体というシステムはそのまま維持される。これをその本では動的平衡と定義づけていた。

個体は感覚として、外界と隔てられた実体として存在しているように見える。しかしミクロレベルではたまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」である

生命そのものは動的平衡の上に成り立つシステムなのだ。

んで、原子なんてのもものすごく小さいわけだけど、それはいつもランダム運動をしているらしい。生命は形を維持するためにはランダム運動する原子が莫大な数集まることが必要だ。

原子=1-2オングストローム(100億分の1メートル)

細胞=その原子が20-30万個分

ヒト=細胞60兆個分

ランダム運動する原子も、何個あるねん!てくらいとてつもない数が集まるとヒトの形を維持するまでの精度を得る。

しかも物理法則によって常にエントロピーが増大しているので、それでも身体を維持するためには絶えずたんぱく質を壊して生成してを繰り返さなければいけない。このように生命は「淀み」みたいだ。

 

この話を読んで、結局キャリアも人生もなにもかも動的平衡の下にある淀みなんじゃないだろうかと僕は結構本気でずっと思っている。迷ったり、悩んだり、哀しんだり、喜んだり・・・それはすべて淀みだ。

仕事人生での選択も自分が思う方向に動いてみて経験を積んで、それを土台にまた別の場所に身を置く。もちろん迷うことも失敗することもある。それを繰り返していく。もちろんそれは身にならないキャリアデザインのことでは決してない。

目指すべきは生命のごとく、可変的でサスティナブルな人生なんだろう。

逆にずーーっと同じところに居ると、思考や体験の代謝もなくなり形を維持できなくなってしまうかもしれない。

僕なんか見てくれものすごーーーく不安定だ。新卒で入社した会社1年で辞めてインドネシア居るし。不安定な状態とはこのことだろう。

だが不思議と今使命感に燃えているし、自分の方向性も今のところ定まっている。仕事もおもしろい。充実感がある。

これからもバシバシ動きまくって、昨日言ってたことと今日言ってることが違うなんてこともザラになるだろうけど。振り返った時に確かな道になっていればいいなあ程度に考えてこれからも自分の思う道を確かに歩もうかと存じております。という着地地点でした。

 

 

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