母国語とコミュニケーション

 

母国語ってすげえ。

なんせ相手が外国人でも母国語使って話しかけられると一気に心理的距離が縮まる。

弊社も世間様の例にもれず、社内メールがガンガン飛び交う。そこでふと気付くのは敬称。そう、日本語で言えば○○さんの「さん」の部分だ。

でも英文メールだとMrとかMsになるんじゃない?ところがどっこい、そうでもない。

なんとインドネシア人は日本人に「san」付けで、日本人はインドネシア人に「Pak」「Ibu」付けなのだ。後者はMrやMsなどの意。

これは多分お互いに気を遣っているからだ。もっと具体的に言えば、お互いに相手が英語より母国語使ってくれたら嬉しいとか気が楽だと思っているから使うんだ。

これって素晴らしいことだと思いませんか?

 

一般に「コミュニケーション」というのは、情報の伝達だけが起きればが充分に成立したとは見なされておらず、人間と人間の間で、《意志の疎通》が行われたり、《心や気持ちの通い合い》が行われたり、《互いに理解し合う》ことが起きて、はじめてコミュニケーションが成立した、とされている、といった説明を補っているものもある  コミュニケーション-Wikipedia

 

これぞコミュニケーションだと思う。今目の前で起きていることが異文化理解であり異文化コミュニケーションなんだ。

アジアで就職するなら現地語の習得は必須だと思っているが、それはこういった理由があるからだ。

 

メールでも飽き足らず、普段の会話でもこういうことは多々起きている。

普段の会話でもインドネシア人は日本人(主にインドネシア語できない人)に気を遣って日本語を織り交ぜてみたり英語話したりする。日本人も極力インドネシア語を織り交ぜて英語を話すようにしたいする。もちろんMTGなどフォーマルな場では非効率だったりするのでやらないが。

もちろん、もしかするとお互いに完全に理解し合うことって無理なのかもしれない。

それはそうだ。宗教も違うし生まれも違う。母国語も違う。僕らはインドネシア人になれはしないし、逆もまた然り。僕らはどうあがいても外国人労働者だ。現地で結婚して帰化でもせんかぎり国籍も変わらない。

 

でもお互いに理解しようとする姿勢こそがコミュニケーションなのだ。

そんなことをふと思ったのでした。

 

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profile 著者:神農亮(Ryo Kanno)( @kanchan_r )
2014年5月までジャカルタで現地採用→6月よりフィリピン・セブ島の語学学校サウスピークで海外就職サポートの仕事をしています。ご相談お気軽に!
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